金と青の目、同じ色のふたり


 夕食後、机の前に座り、魔法書を読んでいた。


 モルンの小さな体でも登ってこれるようにと、寝台と机の横には椅子や大小の木箱を重ねている。ぎこちなく登る姿は可愛らしく、いつまでも見ていたくなるよ。


 机に登ったモルンは、読んでいる魔法書の上に乗ってきた。


「モルン、そこ、いま読んでいるところ」

「ニャ」


 モルンは肉球で文字をすくい上げるように突っつき始めた。僕は本の横に座り直させて、勉強を再開する。しばらくは大人しく一緒に本を見ていた。


 温かい肉球が、僕の右腕を押さえた。


「え、なに?」


 視線をモルンに向ける。つぶらな金と青の目で僕をみあげる。


「ニャ」


 腕をずらすと、モルンが机から膝の上に下りて丸くなった。僕は左手でモルンの背中を撫でながら魔法書を読み続けた。

 やがて、モルンは膝の上でピクッピクッと足を動かしだした。


「ふふふ、カニと戦う夢でも見ているのかな」




 次の日から僕の日常は、さらに忙しくなった。


 午前は、詠唱の訓練。

 昼過ぎから、村の手伝い。

 帰ってきて、再び詠唱の訓練。

 夕食後は、魔法書を読みながら魔力充填と吸収。


 モルンはどこにでもついてきた。

 家の周りには必ず猫が何匹かいて、僕が裏庭に出た時も、村におりていく時も、ついてくるモルンとあいさつを交わしてくれる。

 僕が「いくよ」と呼びかければ、モルンはパタパタと戻ってくるんだ。


 僕は、水、火、氷、土、風と初歩の魔法が、曲がりなりにも発動できるようになった。ガエタノからは、命中精度が悪い、詠唱速度が遅いなどといわれたけど。



 夕食はブリ婆さんが用意してくれる。だいたいが、茹でた豚肉と豆のスープだ。僕もモルンもたっぷりと食べる。

 食事の後で、ガエタノから別の仕事と村での行動について、新たに申し渡された。


「魔力の充填と詠唱ができるようになったところで、次に進む。魔法の訓練としてアントン村での結界魔道具の管理を覚えてもらう」

「はい」

「管理の仕事は、漁師たちのもの以外は毎日ではないが、村の手伝いは減らすことになる。体力をつけて体を作るためには、続けた方がよいのだがな」

「はい。なるべく、続けるようにするよ」

「……その村の手伝いだが。手伝うのは構わんが、あまり村人とは親しくなるな」

「親しくなっては、いけないの?」

「ああ、あまりな。おまえのしでかしたことと、魔道具にかかわることだ。理由はあとで詳しく教えてやる」


 しでかしたこと? 親しくなってはいけない理由ってなんだろ? モルンたちのように治してほしい人が増えるってことかな。

 僕はモルンに目をやって、首をひねる。

 モルンは、ブリ婆さんから茹でてほぐした小魚をもらって、また食べている。食事は済んだはずなのに、と僕が見ていると、モルンが顔をあげて金と青の目で、「なにか?」と見つめてきた。



 翌日、村を回って手伝いの時間が減ることを告げにいく。


「あら、テオ」

「やあベッティ、こんにちは」

「こんにちは。モルンも、こんにちは」


 ベッティは手を伸ばして、僕の胸から顔をのぞかせているモルンのあごの下をかいた。ゴロゴロと小さく喉を鳴らしてあいさつしている。


「これからミーアのところにモルンを連れて行くんだけど、ベッティも一緒にいく?」

「うん、いく!」


 ミーアにモルンを見せにいった。ドゥーエたちは、村ノ長むらのおさが用意してくれた海辺に近い空き家に移っている。

 ミーアはモルンを他の子猫たちに引き合わせ、モルンは兄弟姉妹と一緒になって遊び始めた。


「不思議なの」

「ん、ドゥーエ、どうしたの?」


 ベッティの質問に、子猫たちを見ていたドゥーエが返事をした。


「モルンね、こんな目じゃなかったと思う。金と青の目、右と左でちがっている目じゃなくて、他の子とおんなじで、両方とも緑色だったの」

「え? モルンの目の色は生まれた時はちがったの?」


 僕の問いに、みんなはモルンを他の子猫たちと比べる。


「そうね。前からこんな色なら、最初に子猫を見せてくれた時に気がついてるよね。テオも目の色が変わったよね。テオのせいかな」

「僕の?」

「火事から助けた時に、魔法、使ったんでしょ。そのせいかも」


 そういわれて、僕はミーアとドゥーエをみた。


「ミーアとドゥーエは変わってないよね、目の色。あの時一緒に光に包まれたけど」


 ベッティの言葉に、僕は考えこむ。僕のは、他の意識たちと一緒になったせいだろうとは思うけど。モルンは?


「魔法のせいかもしれないね。後でガエタノに聞いてみるよ。でもモルンは元気に育ってるから、心配はいらないと思うよ」

「心配はしてないけど。モルンの目、とってもキレイで、不思議な色だね」


 ドゥーエが、笑顔でモルンをすくいあげた。

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