いくな!
赤ん坊を母親に渡した。
いっしょにでてきた白猫、煤で灰色になった猫の前に、ぬれた布に包まれた子猫をおいた。白猫は中の子猫たちに鼻を押しつける。
が、ビクッと顔をあげて、僕を見上げた。その目は瞳孔がひらき、まん丸のまま。
「? 何匹だ? 子猫は何匹いたんだ! ここには、おまえが、くわえてでた子を入れて、五匹だ! ドゥーエ! 子猫は何匹だ!」
「……六」
「ミ、ミーアの子は六匹よ!」
いつの間にか、ベッティがドゥーエのそばにいて、僕の問いにこたえた。
ミーアが駆けだし、戸口からなかにもどっていく。僕もそのあとにつづいて、吹き出す煙が多くなった戸口にたどりつく。
「なかにはいるな! まて! もう無理だ! 焼かれるぞ!」
村人の声を背に、ミーアにつづいて戸をくぐる。
煙と熱さの増した階段を這うようにのぼった。階上は、吹きだす炎でさらに視界が悪くなっている。はげしく燃える音と臭い。鼻の奥が痛くなる。
「どこだ! ミーア! ミーア! どこにいる!」
ミーアと子猫のかすかな鳴き声をたよりに、はいつくばってすすむ。炎を上げる家具のそばにいる二匹が、おぼろげにみえた。
その時、炎の音に混じって木の割れるごう音がし、炎のついた木材が猫たちの上にガラガラと落ちていく。
「だめだっ!」
僕は大きく叫んで飛びだし、火のついた木材をつかむ。
じゅうっ!
自分の手が音をたてるのにもかまわず、猫たちの上の燃える木をつかむ。脇に投げすて、かすかに開いたすき間に体をもぐらせた。背中で炎の木を持ちあげる。
咳き込みながら、まっくろになった両手で二匹をつかみ、胸のなかに入れる。
詠唱し、水をかぶった。水はすぐに水蒸気となって散っていく。
シャツやズボンに火がつくのも構わず、両腕で猫たちをかばいながら、床をはって進む。炎が吹きあがる階段を、一階まで転げ落ちた。
猫たちをつぶさぬよう四つんばいのまま、一階の床をすすむ。床に手をつく度に皮と肉をはがしながら、戸口から外の光にでた。
「おお! でてきた! 生きてる!」
僕はドゥーエと赤ん坊、子猫たちのそばにヨロヨロと歩き寄り、膝をついた。
煙を上げる胸もとから、黒い塊にしか見えない猫たちを取りだした。
「テオ! 燃えてる! 燃えてる!」
煙を上げる僕の頭と服に、誰かが水をかけてくれる。
「ドゥーエとセッテは? セッテは無事?」
「ええ、二人とも少し火傷をしているけど無事よ」
ベッティが、ドゥーエのそばについていて、かわりにこたえてくれた。僕が取りだしたミーアと子猫はグッタリとしている。
僕の手も猫たちも、肉が焦げ赤黒くなっている。
地面に横たえたミーアは、体をガクガクと
「だめだっ! 息をしろ! いってはダメだ! 死ぬな!」
僕は子猫の胸をおさえたが、息をしていなかった。
どうすれば助けられる! 僕はなにをすればいい!
僕は子猫をあお向けにして、自分の顔まで持ちあげた。
子猫の頭を自分の方にむけると、口を開いて舌を引き出し、のぞきこむ。スッと顔をよせて、子猫の鼻を自分の口でふさいだ。
ゆっくりと、急にならないようにゆっくりと、息を吹きこむ。お腹がふくれるのを見て口をはなした。
何度か息を吹きこんだあとで、骨のみえている指で、子猫の胸を小刻みにおす。
治癒の魔法は、読んだ魔法書にはなかった! 助けられないのか! なにか手はないのか! 治癒の魔法を使いたい! 助けたい!
僕の両手、皮と肉、骨も焼けている。
子猫を抱くその両手が、ほのかに白く光りだす。
「ああ、そうか。僕のなかにある。治癒の方法がある。知っている」
僕がつぶやくと両手の光は強くなり、子猫の体も光りだした。
まわりの村人たちが、消火の手をとめ、叫び声を鎮める。火事の音が大きく聞こえている。
「生きよ。治れ。いってはいけない。治れ」
炎の騒音のなかで、僕の静かな声がひびいた。
子猫を包む光は、いくつかの細い流れを生み出し、子と同じように赤黒い塊となって痙攣しているミーアをつつんだ。
光の流れは火傷をおったドゥーエとセッテの二人にも、ミーアの他の子たちにも届き、光が包みこむ。
体を再生するなら材料がなければ。
子猫や赤ん坊の体には脂肪などがすくない。代謝する体力もない。それだけで命をうばってしまう。
僕の魔力を使ってできるか。譲ることでおぎなえるのか。
村人が息をのんで見守るなか、二匹の猫、二人の子ども、子猫たちの光が強くなる。
全員が、目をつぶった。
僕には見えている。
手のひらの上で、子猫のまっくろに焼けた毛がゆっくりと生えかわる。僕が譲った魔力をもとに代謝が促進される。
傷ついた小さな肉球も、皮膚、筋肉、内臓、血、体の全てが新しくなっていく。
光が消え、みんなが目を開く。
僕の手の上で、子猫が目をとじて小さな寝息をたてている。
まっくろだった体と尻尾は、薄い灰色に黒のトラ柄、足先と顔の中央が白い、きれいな毛並みになっていた。鼻先と肉球は美しい桃色。
ミーアにも焼けこげた痕はなく、柔らかい白い毛並みで、子猫と同じように静かに息をしている。
ドゥーエとセッテの火傷もきれいに治っていた。
子猫を抱いていた僕の手は、ひどい火傷が治っているが、髪の毛が焼け焦げてまばら。服も燃えて体じゅうが黒く、赤く、焼けただれている。
猫たちと二人の子どもをみて、僕は、まだらに焼けた顔に、白い歯を浮かべた。
みんな無事。治せたんだ。
「よかった……」
そう笑顔でつぶやき、ドッと横に倒れこんだ。
「テオ!」
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