村の火事!


 僕の毎日は、やることがふやされた。

 ガエタノから、体を作るために、村人の手伝いをするよう言いつけられたんだ。


 昼までは魔力充填の訓練。

 その後は村の手伝い。

 漁師が村にもどってくる昼からは、魚を運ぶ。

 農場で油をしぼる果実、オレアの世話。食べても美味しいヤツ。

 農地の雑草とり。

 豚や羊をつぶすのに手をかす。

 塩田の水運びに、砂運び。

 塩を倉庫まで運ぶこともある。


 家の外にいる時は、必ず僕を見ている猫がいる。



 夜は魔法書を読む。魔法書に顔を落として眠りこみ、朝を迎えるようになった。


 ガエタノが、時々訓練の進み具合を確かめる。

 魔法書の読解は及第点をもらえた。

 赤珠への充填はなんとか出来るようにはなった。しかし、時間がかかりすぎる、もっと訓練するよういわれた。


 魔力吸収は、まだできない。

 魔法の詠唱は、魔力吸収が出来るようになったら、教わることになった。

 訓練に集中するが、吸収はうまくいかない。赤珠の魔力を感じられるようにはなった。だけど、それを吸収することができない。

 もう少しでうまくいきそうな、手が届きそうで届かない感じにもどかしくなる。




「火事だ!」


 ある日、浜で漁師の手伝いをしていると、村から叫び声が聞こえてきた。


 一軒の家から煙があがっていた。

 アントン村の家は、石造りの二階か三階建てで窓は小さく作られている。海に近い家の二階の窓から、煙が吹き出している。

 浜にいたみんなが、火事の家に向かって走りだした。


「セッテ! ドゥーエ!」


 漁師の若いおかみさんが、悲鳴をあげて走っていた。

 セッテとドゥーエ? あの姉妹?

 僕も走り、おかみさんを追い越して、煙を上げる家の戸口にたどりつく。戸からも煙が漏れだし、近所の人たちが水をかけ始めている。


「セッテ! ドゥーエ! どこ! セッテ! ドゥーエ! どこ!」


 木桶で水をかけようとしていたおばさんが、大声でこたえる。


「ドゥーエはみてないわ!」

「娘が、娘たちが!」


 追いついたおかみさんが、娘たちをよぶ。

 その時、僕は火事の騒音からかすかな声を聞きとった。助けを呼ぶ少女の小さな声。


「声がする! なかだ! 家のなかにいる!」


 そう叫んで、僕は戸口からなかに飛びこんだ。僕を追いかけるように、一匹の白猫も飛びこむ。


「ドゥーエ! どこ! 助けにきた!」


 僕は姿勢を低くして屋内をすすんだ。煙が立ちこめ、かろうじて足元だけがかすかにみえる。

 焦げる臭いと熱が伝わってくる。


 熱い! 熱い! 水! 水魔法! 魔法書は覚えてる。詠唱できるか。


 手近にあった何かの布をもち、水魔法を詠唱。が、なにも起こらない。


 やっぱり、教えてもらわないと駄目なのか。いやできる。知っている。できることを知っている。魔力。もっと魔力を込めるんだ。強く流す!


 体じゅうを何かがめぐり、体の内側からも熱くなる。

 木桶をひっくり返したような水が、僕の頭に落ちてきた。足もとの白猫もぬれる。

 白猫は奥にむかって走った。階段を駆けあがっていく尻尾がみえる。

 僕は手に持った布を顔に巻きながら、体を低くして白猫に続いて階段を駆け登っていく。


 ドゥーエが、階段を登りきったところに倒れていた。気を失って、ぐったりしている。泣き声がする布の固まりを、うつ伏せになった体の下に抱いている。


「ドゥーエ! ドゥーエ!」


 テオがドゥーエの体をひっくり返し、布の固まりを無理やりドゥーエの手から引きはがす。

 泣きつづける赤ん坊は、布にくるまれている。僕は自分の胸もとをひき裂き、赤ん坊の布をいれてかかえた。ドゥーエを脇に抱き、詠唱してふたたび水をあびる。

 白猫が、子猫の首をくわえて部屋の奥から階段に走ってきた。立ちどまり、まん丸に広がった目で、僕を見上げる。


 なに? なにか、いいたいのか? 訴えるような目。……もっと子猫がいる? 自分だけでは助けられないのか!


 僕はドゥーエをおろして赤ん坊を胸に入れたまま、部屋の奥に這っていく。

 煙のなかで、子猫たちの声がするカゴを見つけた。子猫たちを、敷かれていた布ごと赤ん坊の横に押しこむ。

 階段までもどってドゥーエを背負い、詠唱して水をあびる。転げるように階段をおりて、光が差し込んでいる戸から外にでた。


 ドゥーエを外にいる村人にあずけ、うっすらと水蒸気があがる胸から、赤ん坊と子猫たちを取りだした。


「おおっー! 助けたぞっ!」

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