魔力と魔法の勉強


 家に戻ると、ブリ婆さんが怪我の具合を見てくれた。


「ほんとに。まったく。こんなにして。少しは大人になったらどうなんだい。ヒゲヅラはイッパシのくせに……チプリノも止めりゃいいのに……ムダに歳だけくっちまって……ほんとに……芋のできがわるいったらない……」


 ブリ婆さんは軟膏を塗ってくれながら、ぶちぶちと文句が止まらない。ガエタノ、チプリノ、芋の出来。お天気のことにまで、ありとあらゆることに文句をつけた。

 僕は大人しく聞いていた。口を挟んだらどうなるか、前の僕も知っていたから。

 以前はわからなかったが、心配や不安、感情の揺れを押さえているんだと、なんとなく理解できた。



 部屋に戻り、魔法書の続きを読む。

 渡された魔法書は、これから魔法を学ぼうとするものたち向けの、基本となる内容だった。


『魔法は魔力を用いて、特定の効果を得る技術である。この世の生き物全てに魔力は備わっている。しかし、自らの内にある魔力を使うことが出来るほどに優れている者は、魔術師だけである。全ては偉大な事象の流れにより定められ、従うことが魔術師の道である』


『魔法に必要な魔力の総量、個人の持つ魔力量は、あらかじめ定まっている。魔術師の持つ魔力量は生まれた時に決められ、それ以後は変動しない』


『自分が持っている以上に魔力を必要とする魔法は、発動しない。従って詠唱しても使えない。万一、使ってしまえば死を招くであろう』



 ずっとおぼろげだった意識たちが、不意に話しだした。これほどはっきりと意識たちの存在がわかったことはない。


 意識たちが、僕に教えてくれる。

 この本は、正しい部分もあるが、ほとんどが勘違いだと。


 意識たちは、この世は大きな流れの中にあり、全てはその一現象いちげんしょう一時ひとときだけ認識しているにすぎない。

 全てが「ちから」であり、干渉しあっているのだと。

 ある世界、ある時代、ある言語では「熱量の源」とも「最小の物」ともいわれ、僕のいるこの世界では「魔力」と呼んでいることも。



『魔法は「決まり」を述べる言葉を詠唱し、ある瞬間に魔力を放出して行う』


 この記述にも、意識たちは不満をもらした。詠唱など不要だという意識も。下級な方法としては認められるとも。


 僕は、繰り返される意識たちの議論に訳がわからなくなっていった。


 救ってくれたのは、大きな生き物だった意識。あるがまま、僕の思うままで良いのだという。


「詠唱など些末さまつなこと。テオの心のままに願えば良い。太陽が登るように。雨がふるように。風が吹くように」


 わかったような、かえって混乱したような、そんな気もした。



 魔法書を理解しようとしていると、書斎にくるようガエタノに呼ばれた。

 書斎に入ると、追加の魔法書とともに、楕円の木板を渡される。


「それは魔力を『赤珠あかだま』に充填する魔道具だ。この袋にはいっているのが赤珠だ。魔物の体内で、まれに生みだされる魔力の塊。『魔石』ともいうが、『赤珠』の方が一般的な呼び方だな」


 袋の中から、指先ほどの大きさの黒い石を取りだす。


「この赤珠は魔力を蓄えるのに使う。全ての魔道具はこの赤珠から魔力を得て、魔法陣の魔法を発動する」


 ガエタノが持つ赤珠を、僕は見つめた。ガエタノが言うことは正しいと意識たち。


「黒いこれはいまは魔力がからだ。この板のくぼみに置いて、横の金属に手をのせて、自分の魔力を流す」


 ガエタノがやってみせてくれる。赤珠は黒から赤に色が変わった。


「これで充填は終わりだ。色が変わった赤珠から吸収すれば、魔力は戻ってくる」


 板の上の赤珠が、黒くなった。


「魔力の吸収は、おまえの両親と私にしか出来なかった。あのふたりの子ならおまえにもできるかもしれん。魔力を流し吸収する。繰り返し訓練すれば、自分の魔力量が増やせる。魔法は何よりも魔力量が重要だ。いつも訓練しろ」

「でも、渡された魔法書には、魔力の量は生まれながらに決まっていると書かれていました」

「間違いだ。魔法書はほとんどが正しい。だが、書いた者が理解していることしか載っておらん。本当に正しいかどうか、検証することが魔法学の始まりだ。魔力量は増やせると憶えておきなさい」



 部屋に戻り、赤珠に魔力を充填する訓練を始めた。最初は出来なかった。

 自分の中にあるといわれた魔力が、感じとれない。


 どこへ行ってしまったのか意識たちは、何も教えてくれない。



 ふと、あの夜、魔法陣を使ったあの時、右手が光って何かが流れたことを思い出した。

 あれが魔力? いや、他にも魔力を使った記憶がある。でも……僕の記憶じゃない?


 右手の記憶を手がかりに、体の魔力が感じ取れないか、手や指を動かす。そのうちに体の中に、どこか深いところに、なにかがあるような気がしてきた。


 ブリ婆さんの夕食に呼ぶ声も聞こえずに、訓練に集中した。

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