意識たちと目の色


 どこともわからない場所。

 幾つかの光がゆっくりとぶつかり、ひとつになる。

 僕の意識が、さけんでいた。


「くそっ! くそっ! アイツのせいだ! くるしい! いやだ!」


 僕の意識と溶け合うように別の、複数の意識がたずねてくる。


『あなたはだれですか?』

『何者だ?』

『何がおきた?』


 別の意識たちは、僕にそう問いかける。


「僕は悪くない。みんなが悪い」


『聞こえますか? あなたは誰ですか?』


「さむい。いたい。もういやだ。僕は悪くない。アイツが、みんなが、悪い」


『男の子?』

『幼いのか?』

『思いが入ってくる。感情が、意識が混じりあってくる』

『テオ? テオドロスという名か』


「僕は悪くない。くそっ、もっとみんなをいじめてやる。みっともなく泣け。逆らうな。いつも僕を見ろ。みんな僕を見ろ。僕だけを見て、いうことをきけ」


『くっ、手に負えない子なのか』

『テオ、落ち着いて。聞こえてる?』


「なぜ。なぜ。僕はひとりなの。ひとりにしないで。どこにいるの。おかあさん!」


『テオ、テオドロス、落ち着いて』

『母親の記憶? だが、はっきりしない。ぬくもりもうすい』


「おかあさん、やわらかくて、あたたかいおかあさん。うらやましい。ねたましい。気にいらない。ほしい。ほしい。おかあさん、僕をみて……」


 僕は自分がほどけていき、どこかに沈んでいくように感じた。


『おい、テオ? テオ? まだ、そこにいるようだが』

『心を、閉ざした?』

『何がおきたんだ?』

『どうなったんだ?』

『私はだれだ?』

『俺はだれだ? テオ? 夢?』



 びっしょりと寝汗をかいて、寝苦しさに目がさめる。

 顔が誰かにぬぐわれる。

 ハッとして目をひらく。何度かまばたきをして焦点が定まり、見えたのは、しわ深い顔だった。無表情な顔だが、その目は優しげに見えた。


「あ、え?」

「ふん、目がさめたかい。ほら、着替えな。びしょぬれだ」

「あ、ああ」


 ブリ婆さんは、汗をかいた僕の体を布でていねいにふき、着替えさせてくれた。


「まったくもう、こんなに汗かいて。どこが悪いのかね。テオは手間がかかってしょうがない」


 着替えの間ずっと、ぶちぶちと小言をいいつづけた。


「お手間をかけさせて、すみません」


 そうあやまると、老婆は驚いて不思議そうに顔をのぞきこんでくる。

 ん? テオ? 私はテオ? 俺はテオ? 僕は、ああ、そう、僕はテオだ。



 ガエタノが僕の部屋にはいってきた。


「ブリージダ、テオは生きのびたか?」


 老婆は黙ってうなずいた。僕は寝台に身をおこしていた。


「ちっ。この! なんてことしてくれた!」


 ガエタノは、ツカツカと歩み寄ると、僕の頬を殴りつけた。唇から温かい血がしたたる。


「十年もかかって貯めた魔力を、それを、無駄にしたんだぞ!」


 両腕をあげて身をかばう僕を、ガエタノはなおも殴りつけた。殴りつづけるガエタノを、一緒にはいってきた老年の下働き、チプリノがとめてくれる。


「旦那、それ以上はテオが死んじまいます。もうそのくらいにしてやってください」


 荒い息をつくガエタノが、憎々しげに僕を見つめて手をとめた。


「いたずらで済むことじゃない! 苦労して準備した、召喚魔法陣が、精霊召喚がだめになったんだぞ!」


 ああ、魔法陣を使ったんだった。


「ご、ごめんなさい。お、おかあさんに、おかあさんに会いたかったんです。ごめんなさい」


 ガエタノは目を細め、いぶかしげに僕を見つめた。


「ふん、悪たれ小僧が素直にあやまるとはな。自分のしたことの……ん? おまえ? こいつの目はこんなだったか?」


 ガエタノの言葉に、チプリノとブリ婆さんがあらためて、僕の顔を覗き込んだ。ブリ婆さんは窓に近寄り、鎧戸を開け放して部屋に朝のひかりをいれる。


「目の色が。あんた、目の色どうしたんだい」

「髪が、髪の色も変になった」

「ふむ。もっと濃い茶色の髪だったはずだ。目も色がちがう」

「旦那、目が、右と左で色がちがってます。金と青?」


 僕は、三人の会話を聞いて自分の髪をさわっていた。


「さあさ、テオの傷の手当をするかね。おとがめはまたあとにしとくれ。チプリノ、お湯を持ってきておくれ」


 ブリ婆さんは、僕の血を拭き取り始めた。ガエタノはしばらく僕を凝視していたが、足音高く部屋をでていった。


 この時初めて、僕は、世界を発見したんだ。

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