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「な……どうして……?」

「まあまあ、話は後でだ。とりあえず私がこの男をサクッとやるから、それからね」

 そう言って雨宮暁子は広げていた傘を閉じ、男と対峙する。

「久しぶりだなあ、馬鹿女。相変わらずその馬鹿げた傘を使ってるのか」

「銃弾も防ぐ特注品だからね。それに、私の師匠の形見なんだ」

「そうか。それより貴様、魔法を使ってとんできたな? 貴様もやはり覚晴者だったのか」

「覚晴者? 違う違う。これだよこれ。このタバコ、こいつが魔法道具(アーティクル)なんだよ」

「あ? そいつで空間移動をしたっていうのか」

「そう。まあ、正確に言えば空間移動は私の魔法の一つだけど。つまり、どういうことかわかるかな?」

「……まさか、そいつの効果は──」

「そう、このタバコを吸ってる間だけ、私は覚晴者になれるんだ。勝ち目ないよキミ? ていうか五年前に殺したと思ってたのに。何? 委員会は死者蘇生の研究でもしてんの?」

「貴様の爪が甘かっただけだよ、緋色の魔女。それを吸い切った時が貴様の終わりということだ」

「舐めてもらっちゃ困るわ、数字持ちのSects(ゼックス)さん。私は緋色の魔女で、魔王の弟子よ? 三分もかからないわ。それに──」

 振り返って地面に伏した沖田を見た雨宮暁子の瞳は、ひどく冷たい宝石のような赤色だった。

「あなたは私の大切な弟子を傷つけた。例え神が許そうが私が許さない。万死に値するわ」

「ふん、五年前のようにはいかないぞ?」

 ゼックスと呼ばれた男は、懐から二本の注射器を取り出し、二本同時に首元に突き刺す。

「クスリでの身体強化、か。寿命が縮まる……っと、関係ないか」

「そう、関係ないな。貴様はここで私に殺されるのだからな。──いくぞ、緋色の魔女!」

 二人は同時に僕の視界から消えた。いや、消えたように見えるほどの速度で動いたのだ。

 屋上の中央で鍔迫り合いをする二つの影。

 男のナイフを受け止めるは水の剣。雨宮暁子の周りを漂う妖精の一つが姿を変えた魔法の剣だ。

 もう片方の手に握る傘を突き刺すように男へ突き出す。男は弾けるように後ろへ飛び退きそれをかわしながら、女へ向けて二発の弾丸を放つ。

 それを雨宮暁子は傘を振るって切って捨てる。そのまま体を翻し、回転の力を加えて水の剣を目に見えない速さで男に投げつけた。

 今度は男が握るナイフがそれを切って捨てる。それと同時に、もう片方の手で握っていた小銃を投げ捨て、懐からサブマシンガンを取り出す。無数の弾丸が雨宮暁子に向けて放たれる。

 対する雨宮暁子は、漂っていた水の妖精の一つに触れて小さく呪文を呟く。すると、水の妖精は雨宮暁子を守る盾となり、全ての弾丸を受け止めた。

 雨宮暁子はため息を吐くように灰色の煙を吐き出しながら、呆れたように男に呟く。

「まったく、ここは日本だぞ? ウチの弟子も使うけど、次は散弾銃か? それとも対戦車ライフルでも出てくるのかな?」

「貴様ら汚らわしい魔法使い共は魔法とかいう姑息で穢れた力を使うからな。非人間を相手にするには我々人間は道具に頼るしかない」

 言い返しながら、男はナイフを器用に指に挟みながら、懐から新たに注射器を取り出し首元に刺す。男の瞳は充血し、皮膚の下にミミズが這うかのように至る所の血管が浮き出る。

「魔法使いは……貴様は必ず殺す。私がその存在を否定する」

 男は姿勢を低く構え、真っ赤な目を見開きながら、悪魔のような顔で雨宮暁子を睨みつける。

「……まるで獣だな。私たち魔法使いを非人間と言うなら、あんたもとっくにこっち側だよ。その憎悪はもはや人間の器に収まるものじゃない」

「神も人も、天使も悪魔も今の私にはどうでもいいことだ。私が殺すと決めたのならば、必ず殺す。それだけだ。他のことなどどうでもいい」

「……そうか。ゼックス、あんたはもう引き返せないね。その先は破滅のみ。ここで私が終わらせよう」 

 またもや二人の姿が視界から消える。二つの影がぶつかっては弾け、距離が開いたかと思うとまたぶつかるのがかろうじて見えた。

 何度目かの衝突の後、唐突に男はよろめきながら吐血した。

「限界だね」

 その隙を逃さぬように雨宮暁子の周りを漂う全ての水の妖精が鋭い槍に姿を変え、一斉に男へ襲いかかる。

 男はそれを人間離れした跳躍力で躱し、女に向かって落下しながら、銃撃の雨を降らせる。

 それを女は傘を開いて防ぎながら呟いた。

「あー、それは悪手だわ。終わりね」

 女が空いた手を振るうと、足元の水溜りから氷山のように鋭いトゲ達が現れ、落下してきた男の体を貫いた。

「が……ぁ……くそ……が」

 再び男は吐血し、氷のトゲを赤く染める。しかし、これは体の限界を知らせるものではなく、逃れられない死を告げるものだ。

「五年前にも言ったけどね、改めて終わりだよゼックス」

 灰色の煙を吐き出しながら雨宮暁子は告げる。咥えているタバコの火種はフィルターに近いところまできていた。

「ゼックス、あんたは数字持ちとしてプライドが高いからね、どうせそこで死んでる子から報告を受けた後も他の連中に伝えてないんでしょう? だから、あんたがここで死ねばハルくんたちは委員会に狙われることはない。──じゃあ、さようならゼックス。今まで手にかけてきた人達に侘びながら地獄へ落ちなさい」

 トゲに体を貫かれ、宙に浮いている男に雨宮暁子は吸い殻を投げつけた。それはまるで、油に引火したような速度で炎を広げ、男の体をあっという間に焼き尽くした。

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