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「なんだ……それは……」
浅黄は驚愕していた。それも無理はない。おそらく奥の手として放った弾丸の雨。それは全てが防がれていた。いや、正確にはその動きを止められていた。
「きれい……」
隣で雪月が呟く。
僕たちに放たれた水の弾丸は、僕らを取り囲んで宙で静止していた。それらはまるで、星屑のように煌めいていた。
「どういうことだ……? あの時は壁を作るのに精一杯の半人前だったじゃないか。なのにこんな芸当……まさか……城か?」
浅黄のいう通り、これが僕の奥の手。雨水で魔法陣を描き、呪文と共に展開する、東雲家に伝わる魔法の城。
「あんたのいう通り、僕は半人前だよ。父なら下準備なしで、このビル一帯ぐらいは包む」
この八年間で、片手で数えるほどしかない課外授業で父から教わった魔法だった。
「もう満足に魔法を使えないだろ? さっきの吐血に、今も流している血の涙。限界だ」
決着はついた。いや、戦いには勝利した。真の決着はこれからだ。
僕は展開していた魔法陣を解除する。宙で煌めいていた雨粒の弾丸は重力(常識)を取り戻し、バシャバシャと音を立てて地面に落下した。
「灰夜くん、雨が……」
雪月の言葉で空を見上げる。地獄の底のような暗闇だった空からは、月明かりがさしていた。降り注ぐ雨も、先ほどまでの土砂降りが嘘のように、静かに止み始めた。
「……どちらにせよ、だったな」
僕と雪月は崩れ落ちた浅黄の元へと歩み寄る。
「私が……俺が……負けるなんて。何故だ……神は……神はどこに……」
雪月が浅黄の胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「神様のせいにして逃げないで! あなたはあなた自身の意思で、人の命を奪ったの! その罪を! 責任を! しっかり受け止めなさい!」
「……責任? 私が負う責任など……ない。神は今もどこかで見ている。神の天罰は──」
「おい、勘違い野郎。一つ教えてやる。お前が神と崇めて模倣した赤い傘の女。あの人は神でもないし、五年前の事件の犯人でもない。事件を解決した側の人間だ。事件を解決したから、街から姿を消したんだ」
「なん……だと……?」
「それが真実だ。馬鹿みたいに噂を信じて、お前は勘違いをした」
「……は、はは、ハハハハハハハハ!」
浅黄は狂ったように笑いだしたかと思うと、急に力無く項垂れた。
「……もはやどうでもいいな。何もかもがどうでもいい。殺すなりなんなり好きにすればいい」
「あなたはまたそうやって逃げて! 生きて罪を償いなさい!」
「償う罪などない! 私は死んで然るべき馬鹿どもを殺しただけだ。私を殺すつもりがないのなら、何度でも、何度でも繰り返そう。それが俺の存在理由だ」
「……狂ってる」
浅黄から手を離し、雪月は一歩後ずさる。そう、こいつは狂っているんだ。狂っていなければあんな凄惨な事件を何度も起こせはしない。
「雪月、もう駄目なんだこいつは。もはや引き返せないんだ。底なしの沼に、全身が浸かっている」
「……クッ」
壊れた浅黄を見下ろす雪月は、悔しそうに唇を噛みしめている。
雪月は最後まで、こんなやつさえも助けようとした。だけど、人を助けるには、助けられる側にも意志が必要なんだ。差し伸べた手をとる、そんな簡単なようで難しい、絶対に必要なことが。
僕は短剣を強く握りしめる。覚悟は、できている。
「灰夜くん……」
「僕がやる」
「──私も一緒に背負うよ。灰夜くん一人になんて、背負わせない」
僕は雪月に頷き、浅黄の襟元を掴み、短剣を振りかざす──
「──待て! それは私がやる!」
後ろで勢いよく扉が開かれ、息を乱した沖田さんが現れた。
「沖田さん! 無事だったんですね!」
「遅くなってすまなかったな。予想外の乱入者のおかげで間に合ったようだ」
「乱入者……?」
「ああ、そいつから伝言だ。『これで貸し借りはなしだ』。伝えたぞ」
貸し借り……? まさか、江崎が?
「東雲くん、その短剣をしまうんだ。その役目は私がやる。君たちのような若者にやらせるわけにはいかない」
「覚悟は……できてますよ」
「それは結構なことだ。次の機会まで取っておくといい」
腰元から拳銃を取り出しながら、こちらへ沖田は歩いてくる。
沖田はその後ろに現れた二つの影に、気づいていない──
「沖田さん!」
雪月の言葉と同時に、パァン、と乾いた音がした。
沖田の体が前のめりに倒れ込む。
「──ふむ、初めてにしては当てどころがいい。七十点だ。次はあの死に損ないを狙え」
「わかりました」
パァン、と再び乾いた音がして、握っていた短剣が弾かれ、ビルの外へと落ちていった。
「……あ゛」
うめき声の主へと振り向くと、浅黄は赤黒い血をゴボッと吐き出す。襟元を掴んでいた僕の手が真っ赤に染まる。浅黄の瞳からは、既に生気が失われていた。
「……おい、おい! 浅黄!」
体を揺らすが、反応はない。それはそうだろう。だって、誰が見たってこれは──
「武器を弾いた上に心臓に当てるとはな。今のは百点だ。筋がいいぞお前」
「やった! ありがとうございます!」
男たちの声が屋上に響く。
なんだ?
何が起きてる?
「お、沖田さん!」
「動くな」
倒れ込んでいる沖田へ駆け寄ろうとした雪月だが、男の声に止められる。
そいつらは二人組で、一人は真っ黒なスーツを纏った長身の男。長く伸ばした黒髪を後ろで縛っている。もう一人は見慣れた学生服を着た、男子生徒だった。
「さて、晴れて連続殺人事件は犯人の死によって終わりました、と。これでくだらんゲームは終わりだが、ここからはロスタイムとなる。最後の一秒まで、何が起こるかなんてわからないところが、ゲームの面白いところなんだよ」
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