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 昼休み、いつも通り学食で適当な惣菜パンを買い、生徒会室へと向かった。

 扉の前には、約束していた雪月と、髪の長い女生徒が立っていた。

「ありがとう、泉さん。無理言ってごめんね」

「別に、構わないわ。雪月さんには借りもあるし」

「あの時のことは気にしないでって言ったのに。私が勝手にやっただけだよ」

「そう、あなたがそう言うなら気にしないよう努力するけど……っと、お相手の方が来た様ね」

 腰まで伸びている長い髪を靡かせながら、女生徒がこちらに歩み寄ってくる。

「こうして話すのは初めてね。私は泉です。よろしく、東雲くん」

「ああ、生徒会長さんだったな」

 当然のように僕のことを認知している様だった。この長い黒髪とキリッと吊り上がった瞳が特徴の女生徒が雪月の言っていた泉か。同学年のはずだが、その大人びた風格が年上のように思わせる。

「ああ、それと雪月さん。あなたに頼まれてた調査は終わったわ」

「えっ、本当に!」

 雪月が頼んでいた調査とは、僕がビルから落ちてきた雪月を助けたあの日、魔法を使った僕を見ていたであろう目撃者についてだ。雪月の視力の良さに助けられ、この学校の男子生徒というところまでは分かっていたが、それが誰なのかを探す手伝いをしていたはずだ。 

「ええ、同学年の男子ね。というより、あなたたちと同じクラスよ。名前は──」

 泉が口にした名前は僕には記憶にないものだった。というより、同じクラスだろうが、基本的に人の名前は覚えてこなかった。興味がないからだ。だが、当然のことなのかもしれないが、雪月はその男子を知っているようだった。

「そっか。そういえば今日は学校来てなかったな。体調悪いのかな?」

「そこまではね。ただ、住所ならこのメモに書いてあるわ」

 そう言って、泉は雪月にノートの切れ端を手渡した。

「泉さん、本当にありがとう。無茶な頼みで、理由も聞かずにここまで」

「言ったでしょう? 借りがあるって。まあ、そういうことだから、あとはごゆっくり」

 あんまり無茶しない様にね、そう忠告するように呟いて、泉は去っていった。

「なあ雪月。借りってなんだ?」

「全然大したことじゃないの。一年生の時に、彼女が上級生に絡まれてて……。泉さん、本当は優しいのに勘違いされやすいから。それで私が助けたの。その時に楓とも友達になったんだ」

 らしくもなく、僕はその過去について気になっていたが、今は優先することがある。

「生徒会室ね、泉さんが他の生徒会委員さんも近づかないように、って言ってくれたみたい。だから、これからのことについて、作戦会議しよう?」

 扉を開けると、部屋の中央に長机が二つ横に並んでいて、それを囲うように椅子が置かれていた。扉から近い席に雪月が座ったので、僕は対面の椅子に座ることにした。

「……昨日のこと、思い出すのも辛いね」

 重苦しく、雪月が呟く。あの光景は僕だってできれば思い出したくない。どうでもいい日常のことは記憶に残らないというのに、アレは今も脳裏にこびりついている。

「でも、ますますなんとかしないと、だよね。早速だけど、今日は雨は降らない予報だけど、行きたいところがあって……。東雲くん、ハイライトってグループ、知ってる?」

「朝に沢田が話してたな。半グレのグループなんだっけ?」

「うん、この辺りだとそういう人達の中では一番大きいグループなんだって。沢田くんが言ってた通りなら、その人達が逆に殺人鬼を探すって」

「言ってたな。無謀だし無茶な話だ。警察でも捕まえられないのに、そのうえ相手は魔法使いだ。自殺行為としか思えない」

「うん、だからまずはそれを止めないと! 今日の放課後、そのグループの偉い人のところに行こう!」

 なるほど。わかってきてはいたが、本当にどうにもならないほど、この雪月晴月という女はお人好しだった。さすが、ヒーローである。

「……その偉い人ってのがどこにいるのか、わかるのか?」

「うん、さっき東雲くんが来る前に泉さんから聞いた。……あっ、でもこっちも大事なことだった」

 そう言って、泉から受け取っていたメモを雪月は机に置いた。

 そうだ。僕が魔法使いであることを知ってしまったかもしれない人間がいる。その正体は分かった。一刻も早く、その人物に会って口止めをしなければ僕の身が危ない。僕としては何よりも優先することだったが──

「いや、それは後回しでいいよ」

 なんてことを口にしていた。何故だ?

「え、でも東雲くんの命がかかってるって」

「今日は休みみたいだけど、明日にでもなれば学校に来るだろ? 来なかったらその時にそいつの家に行けばいい」

 ペラペラと勝手に口が動く。僕は何を言ってるんだ?

「東雲くんがそう言うなら……うん、ありがとう」

 いつもの太陽のような明るい笑顔。それを受けて、僕は何故か満足したように心が落ち着く。それは何故なのか。僕は自分と魔法のことが全てで、それ以外はどうでもいいことだとここまで生きてきたのに。

『魔法だけが全てじゃないんだ』

 いつかの誰かの声が胸の内でこだまする。何を影響されてるっていうんだ。アレは人殺しだぞ? 人殺しの言葉を何故──

「──東雲くん? 大丈夫?」

 雪月の声で我に帰る。問題ない、と答えて何かを振り払うように頭を振る。そんな僕を見て、雪月は心底心配そうに身を乗り出して顔を近づけてくる。

「本当に大丈夫? もし体調悪い様なら、今日は私だけで」

「それは駄目だ!」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。雪月も目を丸くしている。取り繕うように僕は言葉を続ける。

「……半グレグループに喧嘩売りに行くようなもんだぞ? 女一人で行ってみろ。どうなるか誰だって想像がつく」

「……心配、してくれるの?」

「……寝覚めが悪くなる。それだけだ」

「寝覚めが……ふふ」

「なんで笑うんだ?」

「ううん、漫画みたいだなって思って」

 言われて、さすがの僕も少し気恥ずかしくなる。

「それ以上笑ったら行かないぞ」

「ごめん……ううん、ありがとう」

「……また、だな」

「えっ?」

「いや、雪月はよく『ありがとう』って言うなと思って」

「そうかな……? 無意識かも。でもね、『ありがとう』っていい言葉だし、何度だって口にしていいと思うんだ。それに、伝えられる時に伝えておかないと、後悔することになるかもしれないから」

 後悔する、か。僕のこれまでの生き方で、後悔することがあっただろうか。──いや、ないはずだ。魔法という神秘を掴んで、それ以外を捨ててきた。それは自分の選んだ道だ。そこに後悔はないはずだし、伝えられなかったことだって……。

 あの女の顔が何故か浮かんでくる。あの赤い傘の女。僕の目的はあの女に会うこと。その先は? 会ってどうするんだ? 僕はあの女に、何を伝えたいんだっけ?

 僕の自問自答を遮るように、ガラッと扉が開いて予想外の人物が現れた。

「あら、あなたたちこんなとこで何してるの?」

 誰もいないか、いたとしても生徒会委員の誰かだと考えていたんだろう。キョトンとした顔で担任の成海先生が入ってきた。

「あなたたちは生徒会じゃないでしょうに。……ん? ていうか、あれ? もしかしてお邪魔ってやつかしら?」

「そ、そんなことないですう! これは、その、ちょっと相談事に乗ってもらってて」

 成海先生の言葉に顔を真っ赤にしながら雪月は弁解をする。成海先生は聞く耳を持たず、見たことのないニマニマとしたきみ悪い笑顔で僕らを交互に見る。普段の厳しい顔つきはどこにいった?

「そーいうことね。あんたたちがねえ。意外だけど、いいんじゃない? 若いうちは色々経験するものよ」

「せ、先生!? 私の話聞いてます?」

「いやいや、青春よのう。良きこと良きことじゃ。あ、もしかして昨夜のも見間違えじゃなかったってこと?」

 昨夜のこと? まさか、僕たちが歩いているところを見られていた?

「あんたたちは知ってるか知らないけど、実は教師陣で夜の見回りをしてるのよねー。昨日は私と教育実習の浅黄先生が当番だったんだけど。ふとあなた達に似た二人組を見かけてね。浅黄先生が気のせいじゃないですか? なんていうし、想像しづらい組み合わせだったからスルーしちゃったんだけど、もしかして本当にあんたたちだったり?」

「違いますよ。本当に今は相談事に乗ってるだけで。昨日だって僕はずっと家にいましたよ?」

「あっそう? まあ教子がそういうなら信じるか。それにしても昨夜は大変だったのよ。その後、浅黄先生は分担しましょうとか言ってどっか行っちゃうし。ペアで動く様にって指示だったのにね。なんとか合流したと思ったら近くで事件、起きてるし。現場の血の跡見ちゃったから夜も眠れないし最悪よ」

 聞いてもないのに愚痴を吐きながら、書棚を漁り始める。どうやら何かの資料を取りにきたらしい。

 それにしても、だ。どうやら浅黄先生の単独行動のおかげで昨日は成海先生に見つからずに済んだようだった。一応、心の中で頭を下げておく。

「ま、あんた達も気をつけなさいよねー。遊び歩くのはせめて犯人が捕まってからにしなさいね。それじゃ」

 目的の資料を傍に抱え、部屋を出て行こうとしたところを雪月が声をかける。

「せ、先生。このことは……」

「別に言いふらしたりなんかしないわよ。私も大人よ? 今夜の酒のつまみにでもするわ」

 密室だからって変なことするんじゃないわよー、なんて台詞を残して去っていった。

「あ……あはは。浅黄先生には助けられちゃったねー」

 顔を赤らめたまま、抑揚のない言葉を口にする雪月だった。

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