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 それは文字通り、悪夢だった。

 真っ赤に染まったアスファルトに立ち尽くし、足元に転がる人間だったモノ、腕、足、内臓。それらを僕は見下ろしていた。

 そんな中で、こちらへ転がってくる頭部が三つ。僕の足元で止まり、やけに見開かれた瞳で僕を見つめ……いや、睨んできて、動くはずのない口を開く。

「ドウシテオレタチハタスケテクレナインダ?」

 ……俺たちは? 何の事だ?

「アノオンナノトキハヒッシニハシッテイタノニ」

「ナニガチガウンダ?」

「ドウシテドウシテドウシテ」

「……うるさい」

 状況が違う。目の前で起きたことと、知らぬ間に起きていた惨劇。僕にどうしろっていうんだ?

「ドウシテ」

「ドウシテドウシテ」

「ドウシテドウシテドウシテ」

「うるさいって言ってるだろ!」

 ソレラの口は動き続ける。どうして、と理由を尋ねてくる。何を勘違いしているんだこいつらは。僕は正義の味方でもヒーローでもない。ただの一般市民、ただの──

「マホウツカイナノニ?」


 最悪の寝覚めだった。寝汗がベトついて気持ち悪い。当然、目覚めたからには忌まわしい言葉は聞こえず、代わりに呑気な鳥の鳴き声が外から聞こえる。昨日の天気が嘘のような朝の日差し。いつもならうんざりとする天気だが、この日は昨日の光景を思い出さず済むようで、ホッと胸を撫で下ろしてしまう。

 シャワーを浴びてから支度を済ませ、家を出る前にテレビをつけた。どの局に変えても、昨日の工業団地で起きた事件について報道されている。遺体の身元は現在確認中とのことだ。夢で語りかけてきたヤツらの顔を思い出す。

「……くそ」

 どうして僕が責められないといけないんだ。胸にモヤモヤとした感情を抱えながら、学校に向かうことにした。


「灰夜、お前大丈夫か?」

 教室に入るなり、沢田が怪訝な顔で僕の心配をしてくる。

「……なんだよ、朝からいきなり」

「いや、だってよ。お前がいつも晴れてる日はダウナーになってんのは隠しきれない周知の事実なわけだが。今日は一段と酷いぞ。そうだな……、まるで死体でも見たような顔だ」

 死体でも見たような顔。まさにその通りなわけだが、こいつ変なとこで鋭いな。というか、晴れてるに日に憂鬱だったのは周知の事実なわけか? そういう感情を顔に出すのは控えてきたつもりだが。僕が黙っていると、

「え、マジで死体見たの? もしかして昨日の?」

「まさか、そんなわけないだろ」

 正直に話すわけもなく、とりあえず適当に流しておいた。

「にしても止まることを知らねーな殺人鬼はよ。昨日やられたのは『ハイライト』っていう半グレグループの奴らだってさ。あそこの頭は有名だからな。犯人を捕まえられない警察に愛想尽かして殺人鬼狩りをするだなんて騒いでるらしい。俺の夜遊びはしばらく休止だなこりゃ」

「それって本当なの!?」

 割って入ってきたのは雪月だった。血相を変えて迫る雪月に、僕も驚いたが、沢田は思わず一歩下がってスウェーまでしている。

「あ、ああ。聞いた話だけどな。どした?」

「そんな……。これじゃあまた……」

 震える拳を強く握っている雪月。さらに被害者が出ることを危惧しているのだろう。仮にそのハイライトとやらがあの女を見つけたとしても、返り討ちにあうのは確実だ。ただの喧嘩自慢が魔法使いに勝てるわけがない。

「ハイライト……ねえ、今そう言ったよね?」

 まさかの二人目の乱入者が現れた。

「なんだなんだ秋瀬まで。何? お前まさかタバコでも吸い出したわけ? いくらギャルだからってそれはまず──っいってえ!」

 手に持ったカバンのフルスイングが沢田の頭に直撃した。あれは痛い。

「いや、でもそうと決まったわけじゃ……」

「……楓? どうしたの?」

「ううん、まさかね。気にしないで」

 雪月の質問をはぐらかしながら、秋瀬は思い詰めたように俯いている。なんの話なのだろうか? どうやら沢田も同じくわからない内容らしい。

「……なんのこっちゃわからないけどさ。早く捕まらないかね、殺人犯。半グレの話じゃないけど、警察は何やってんだか。……っと、そんなことよりさ」

 突然、ぱんっと手を叩いて、張り詰めた空気を入れ変えるように沢田が調子のいい声で話し始める。

「明るい話をしよう! 灰夜にはこないだ言ったけどさ、期末試験が終わったら、パーっと遊びに行こう! 四人で!」

「……四人?」

「そうだよ。何不思議な顔してんだ灰夜。俺と灰夜と、雪月と秋瀬で四人だ」

「ちょ……なんの話? 私聞いてないんだけど」

「そりゃそうだ、今思いついたからな。本当は年上のお姉さんとがよかったが、これも巡り合わせだろう」

「え、何? 私たちはそのお姉さんとやらの代わりってわけ?」

 秋瀬が沢田を睨みつける。あの言い方じゃあな。そりゃそうなるだろう。

「私はいいと思うな! この四人で遊びに行くのも。楽しみだよ」

 雪月はさっきまでの暗い表情が嘘のように、いつもの太陽のような笑顔で言った。

「よし! 決定! 決定です! 雪月はなんと運の良いことか、素晴らしきメンバーの一人に選ばれました! おめでとう!」

 まるで商店街のクジに当たったかのように、大袈裟に拍手し始めた。そうして、横目で秋瀬を見てニヤニヤしながら呟く。

「このままだと三人で遊びに行くことになるなあ。ところで、お客様はどうされます? 行かないんでしたっけ?」

「三人で!? 晴月と男二人で!? そんなのダメに決まってるでしょ! ……私も行く」

「決断が遅いので締め切りでーす。残念でした!」

 右のミドルキックが沢田の脇腹に刺さった。ムエタイみたいな鋭い蹴りだったな。うずくまる沢田を見て、しばらく立ち上がれないんじゃないかと思った。「だ、大丈夫?」と雪月は健気に心配している。

「問題ないわよ、そんな馬鹿。昔から私の蹴りを受けてきてるから。今の感じだと、テンカウントは……いかないわね。せいぜい六秒ぐらいか」

 きっちり六カウントでよろよろと立ち上がる沢田だった。

「相変わらず鋭いのをお持ちで。ちなみに、白ってのはイメージと違ったな。ギャルはもっと派手なのかと思ったぜ」

 数秒後、その言葉の意味を理解した秋瀬の渾身のストレートを受ける馬鹿な沢田だった。


「──で、どこに遊びに行くのよ」

 中休みに改めて四人で集まった。女王のように足を組んで席につく秋瀬と、その前に正座する沢田。僕と雪月は傍でその異様な光景を見ていた。

「ベタですが、ここなんかどうだろうと思ってまして」

 なぜか敬語の沢田は、懐からアミューズメント系の雑誌を取り出し、ページを広げた。

「電車で二時間ぐらいかかるけど、この遊園地、どうやら春に大幅なリニューアルをしたみたいで。絶叫系もいくつかあるので、我々のような高校生でも存分に楽しめるかと」

「あ、それプレジャーランドだよね? 確か前に楓が行きたがってたところだよ」

「あら、そうなんですか?」

「……ちっ、そうだよ。中々目の付け所がいいじゃねえか」

「それは光栄であります」

 この女王様と僕(しもべ)のコントはいつまで続くのだろうか。

「ふふ、楽しみだね?」

「ん? ああ、そうだな」

 隣の雪月が笑顔で声をかけてくるので、反射的に適当な相槌が口を出る。

 今まで、年相応の遊びとはかけ離れて生きてきた。遊園地なんてそれこそ記憶にない。正直に言えば、面倒くさい、と内心思う。だけど、心底楽しそうにしている雪月の笑顔を見ると、断る気にはなれなかった。

「あ、そうだ。ところで、今日のお昼なんだけど」

 一転、表情を固くして、小声で話しかけてくる。

「前みたいには屋上使えそうにないから、生徒会室で話そう?」

「生徒会室?」

「うん、会長の泉さんにはもう言ってあるから」

「──ちょっとそこ! 何コソコソと話してるの?」

「な、なんでもないよ! 楽しみだなーって話してただけ」

「ふーん……」

 秋瀬は雪月の言い訳に納得してない様子だ。

「なーんか最近、晴月に違和感あるんだよね。焦ってるっていうか、それを必死に我慢してるような。何か隠してる?」

「な、なんのことーかなー?」

「……。東雲、あんた晴月になんかしてないでしょうね?」

「……なんで僕にふるんだ。何もないよ」

「それならいいけど……」

 言葉とは裏腹に、やはり納得のいっていない様子の秋瀬だった。










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