第11話

 本屋に行く約束をした雅史は、待ち合わせた時間通りに祥子の屋敷に来た。

 すると、祥子はいつものように着物姿だが、心なしか弾んで見える。

 やっぱり外に出るのは恐いとごねられるかと思ったが、肝を据えた顔だった。


 祥子も薄々感じているのだろう。

 外に出て、自分の画集を手にした時に何が起こるかわからない。

 何も起こらないかもしれないが、何があっても向き合うう覚悟はできているとでもいった顔。

 

「それじゃ、行ってきます。咲さん。留守居をお願い」

「畏まりました」


 控えめに答えた彼女の名前が『さき』だと雅史は初めて知った。

 雑踏を歩かせるにはいきなりすぎると、雅史は大通りに出たところでタクシーを拾い、二人で乗り込む。


「ドキドキしてる?」

「そうね。本屋で見るのは初めてだから緊張するわ」


 この辺りでは規模の大きい書店が入ったビルの前でタクシーを止め、料金を払うと、祥子と二人でビルに入る。

 彼女は決して横には来ない。

 歩く時は少しだけ後ろに下がってついてくる。

 大和撫子やまとなでしこなどという、時代遅れの四文字が雅史の脳裏で浮いている。


 ビルの三階にある本屋にエレベーターで下りると、さっそく画集や写真集のコーナーへ行く。平日の昼前時とあってか、人手もまばらだ。

 

「あっ、あそこだ。祥子さん」


 遠めに見てもわかるほど、祥子の画集は派手にディスプレイされている。

 そのコーナーに二人で近づきかけた時だった。


「あの人だわ」

「えっ?」

「あの人が……」


 祥子の画集の特設あたりに大学生ぐらいの青年がいる。彼は初老の女性と連れ立って、本屋に来ていたようだった。

 初老の女性は新刊を拾い上げ、胸にきゅっと抱きしめる。


「ありがたいねえ。私は早くにあんたの爺さん亡くしているから、この人の画集を見るたびに、胸がきゅーっと痛くなるよ」

「そんなに似てるの?」

「あんたは写真でしか見たことないからね」

「似てる気もするけど。そこまで言うほど似てるかなあ」

「なに言ってんだい。ちゃんとこの絵を見てごらん。お前にそっくりじゃないか」


 確かに青年は祥子の絵の中の少年が少しだけ大人びたような面立ちだった。


「声もそっくり……」


 恍惚として囁いたのは隣に出てきた祥子だった。


「間違いないわ。あの人だわ」

「祥子さん」

「私のあの人、あの人がいる」


 目を見開いた祥子がくり返す。雅史は祥子に対して訝しむ。


「そっくりって、じゃあ、あそこの人が?」

「そうよ。そうなの」


 泣き出しそうになりながら、か細い声で答えてうなづく。

 ということは、例の彼の子孫ということなのだろうか。少なくとも血縁者でなければこれほど似ないはずだと思わせる。


「だけど、この人の画集は俺も結構好きなんだ。透明感があるのに筆のタッチで芯の強さも感じるって言うか」

「さすがだねえ。美術の勉強してるだけあって言うことが違うねえ」

「お祖母ちゃんがコレクションしてるから知ったレーターさんだけど。やっぱりいいね。買ってくよ」

 

 雅史も祥子も二人してレジに向かう後ろ姿を息詰めてみるしかない。


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