第8話
また始まった。
梶原は鼻白む。雅史をあやかしで絡めとる不穏な美女を固い目で見る。
「それってどうしてなの?」
雅史は水を向けられた気がした。だから口早に問いかける。
「好きな人がいたからよ」
雅史の心を引き裂く言葉をぽつりと残し、屋敷に戻る祥子の後を雅史は追いかける。
「私はそのあと、関東軍の軍人だった叔父に引き取られ、叔父の養女になったのよ。こんな風に歳をとらない私でも、不気味がらずに受け止めてくれたのは叔父だった」
着物についた土や埃は家政婦の女が布ではたいて取っている。
その前でこの話をするということは、家政婦は承知の上で召し使われているのだろう。一通り汚れを取った家政婦は一礼して屋敷の奥へ歩き去る。
あの家政婦は必要以上に口をきかず、常にうつむきがちだった。
「叔父はお前の中でその恋に終止符を打つことができたなら、お前なりの死に方ができるに違いないって言ってくれて」
「だけど、祥子さんは二百年前にって」
「そうなの。あの人はもうとっくにこの世の人ではなくなって、私だけがこうして生きている。息をするようにして、あの人の少年時代を絵にしている」
祥子のイラストレーターとしての地位を確固としたものにしているのは、透明感溢れる瑞々しいいタッチの少年の肖像だ。
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