第3話

「祥子さん。話、聞いてると、祥子さんは二百年以上も生きてるひとに思えるよ」


 雅史は冗談とも本気ともつかない困惑顔で一蹴する。

 部屋は板張り。天井灯は八角型がいくつも並んだシャンデリア。

 古風な上げ下げ窓からの涼風で、祥子の描きかけの作品の端などもひらひら揺れる。


「それより着物を選ぼうよ。背景が薄桃色の薔薇園だから、同系色の紫紺にするか、反対色のも水色にするかで迷ってるんだ」


 雅史まさふみは、それとなく話の筋を変えて問う。

 二百年以上生きているとか、関東軍に連行された政治犯の青年だのと、まことしやかに言われると、だんだん腹が立ってくる。


 その連行された少年に祥子が恋していたのだと。

 今もまだその恋のほむらで胸を焦がしているのだと。


 隠し事などしないはずの祥子の言葉を、どうやって受け止めたらいいのかがわからない。そんな時、


「遅くなってすみません」


 一階の玄関先で女が声を張りあげる。


「ああ、梶原か。二階に来いよ。ちょうど着物選びをしていたところ」

「失礼します。こんにちは」


 現れたのはブラウスにジーンズ、薄茶色の髪を縛った写真部員だ。

 ただし写真を撮ることよりも、メイクやファッションの方に関心があるらしい。

 今日の撮影のメイクも梶原に頼んでおいた。


「着物は薄い水色が青空とリンクしていいんじゃないの?」


 という、鶴の一声で決められた。

 さっそく梶原は着物を抱え、祥子と一緒に着替えに別の部屋に移動した。


「ほらね。祥子さんは色白だから。背景になる薄桃色の薔薇と溶け合う優しい水色の小紋にしたの。これだけでも綺麗でしょう?」

 

 梶原は戻った祥子を年代物の姿見の前に座らせて、持参したメイクのボックスを広げてみせる。


「うん。綺麗だ。すごく」


 素直に頷いた雅史を、梶原が肩越しに振り返る。思わずもれた心の声に雅史自身も驚いた。

  

「メイクなんてしなくてもいいか」

「何よそれ。わざわざ人を呼びつけといて」


 言いたいことは言い合う仲の二人だが、今日はなんだかぎくしゃくしている。雅史がわざと梶原を笑わせて、部屋の空気を軽くした。


 

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