第2話
今回の写真で祥子に着せる着物を一緒に選んでいると、祥子はクスリと笑い出す。
「なに?」
「今は誰でもどこでもカメラを持ち歩いていて撮ってるなんて、凄い時代になったものね」
「祥子さん。まさかスマホ、知らないの?」
「スマホ?」
正座した腿に紬や大島、友禅などを開いて見せながら、祥子はきょとんとした顔になる。今時使わなくても知らない人はいないだろう。それともいないというのは先入観で、知らない人は知らないのかとも考え直した。
特に祥子は十九歳でも普段まで着物なのだから。
「そうだよ。俺が使ってるのは一眼レフってやつだけど。スマホがあれば誰でもどこでも写せるよ」
「誰でもどこでも?」
ふいに祥子は顔を上げ、みるみるうちに曇らせる。
「それなら私もあのひとの写真を残せたのかしら」
「あの人?」
あのひとという気安さから、祥子にとっては身近な人の誰かだろう。
「そう。あのひとは謀反者の顔形が瓦版に貼られただけだった。だけど、ひどいの。似てなくて。あんなに似てない回覧板じゃあ捕まるはずがないぐらい」
ひとしきり笑うと、祥子は遠い目をした。
「もう二百年近く前のことだもの。今、私があのひとを残すために描いたとしても、咎める人はもういない」
祥子の書卓には使い込まれた筆やパレット、絵具が整理され、描きかけの少年像の模造紙が
祥子は透明感あふれる美少年のイラストで一世を風靡しているイラストレーター。話の筋から、祥子が描いているのは『あのひと』なのだ。
「謀反者って仰々しいけど、なんかやらかした男なの?」
「政治犯よ」
さらりと答えた祥子の語尾には、言いようがない憎悪が込められ、祥子の顔が険しくなる。
「満州侵略に抗議した政治犯として収監されたの。演説をしたりビラを巻いたり。今となっては満州事変がすべての始まりだったのに。注意勧告していたあのひとが、軍に連れ去られてしまったの」
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