第8話 再会

 三重県の松阪駅、改札を抜けてロータリーに待つ母の車に向かう。自分の足で立つ俺を見てどう思うだろうか?車椅子は宇治山田駅に忘れた。

「お迎え来てくれてありがとう。えっーと」

 母は、俺の立った姿を見て悲しみと驚きと喜びも少し、混ぜた顔で見ていた。

「足…治ったの…悠、歩けるの?」

「何か…治ったみたいな」  

 母は泣いてくれた。俺を強く抱きしめて良かったと言ってくれた。苦しかったものが、ボロボロと瘡蓋のように剥がれ落ちた気がした。

「帰ろ。お迎え来てくれてありがと。車椅子、宇治山田駅に忘れた。」

「明日、取りに行き。宇治山田に行っとったの?お伊勢さんに治してもろたんかね。念の為、病院行って検査してもらい」

「そうやね。検査ね、ウンウン」  

 翌日、松阪駅からバスに乗って松阪中央病院にやってきた俺。地元でバスに乗った経験など殆ど無く、乗車賃を払うとき緊張した。  

 診察室で医者に問診を受け、一通り検査を

することになった。服を検査衣に着替えていると、バインダーを持った【丸亀侑護】が更衣室に入ってくる。

 「久しぶり。少し見ん間に、足が動かんくなって、今度は動くようになったんやって?壮絶やな、お前の人生」

「侑護が検査してくれんのか?何か緊張するな」

 「何人も担当しとるから。安心して任せろ」

 「おう」  

 MRI、触診、反射検査、腰より下を重点的に、最後は脳まで調べて入院することになった。

 「近くにコンビニはないけど、飲食店はこことここ。病院食の必要ないから、外で食べたいやろ?この部屋は、お前と女子高生一人だけやから静かにな」  

 携帯で地図を見せながら、病室に案内する侑護。女の子のベッドを横切るときカーテンの端からこちらを見る顔を見つけ、会釈をする。

 「今日、夜は?一緒に飯行かん?忙しいか。」  

 侑護は、女の子の病室を気にしながら俺の耳元に近づき小声で、

「今日なら行ける。でも、あの子の前で食事の話はナシや。20時に病院前な」  

 そう言うと、侑護はカーテンを締めて女の子のベッドに向かう。

「おはよう、姫野さん。昼の採血しよか」

 「うん!侑護さんあの人、知り合いの人?」

 「中学の同級生。検査入院で、3日間同室やから宜しくね」  

 カーテンで遮られている中で、声だけ聞こえる状況は、やはり気になる。

 すると、シャっとカーテンが開きこちらを見る【姫野珠澪】と目が合う。

「侑護、びっくりするわ!あっ騒がしくせんから、3日間だけ宜しくお願いします。採血、痛そうやね。」

「侑護くん採血上手いから全然痛くないです。侑護くんの昔の話聞かせてほしい!」

 珠澪は、採血で腕を突き出した状態のまま笑顔で話した。慣れているのだろう、話の最中は自然な笑顔だった。

 「あんまり話すことはないと思うわ。悠と一緒やったのは、中学までやし」  

 侑護はこちらに、言うなよの目を向けながら話した。

「頭悪いから、昔のことはよく覚えてないんよね」

 すかさず、笑ってごまかした。侑護は家族も医療系で働く真面目な家庭で育ち、感情を大きく出すことがあまりない。上手く立ち回るのは、処世術だろうか。看護師という仕事には必要な力なんだろう。

 侑護は、二人のカーテンを締めると採血を終えて出ていく。暫くの無言の後、先に口を開いたのは珠澪だった。

「川井さんは、侑護くんといつからお知り合いなんですか?」

「保育園からやね。やけど、中学以来会えてんくて、今年の成人式で久々に会えたんさ」

 二人はカーテンを挟んで、ベッドで横になりながら話す。

「そしたら侑護、身長めっちゃ伸ばしてさ。筋肉つん体質なんか、ほっそいままで。でも、顔小さくてスタイル良かったなぁ、羨ましかったわ。」

「今よりは痩せて無いですよね。見たかったなぁ」

「そうだねぇ、今よりは筋肉もあったな。成人式の時の写真ならあるで。見るか?」  

 しかし、その言葉に返事はなかった。シャっとカーテンが開き、侑護が俺を見下ろしていた。

 「ごめん…騒がしかったぁ…です…」

 「川井さんも採血しますね。姫野さんに無理はさせないでください。今は何より安静にすることが、彼女のためやから」

「ごめんなさい。」  

 侑護はテキパキと準備を進める。

「侑護くんごめんなさい!私が話しかけたから」

「いやいや、俺が話し込んでしもて付き合わせたんや。ごめん!」

「いいから、腕出せよ。」  

 言われるがままに、左腕を出す。

 「侑護くん採血ホントに上手いで。蚊レベルでなんにも痛ないし、この病院でー」

「姫野さん、寝ててください。後で点滴交換しますよ。」  

 珠澪は、口をすぼめて膨れる。俺は珠澪に聞こえない声で、

 「人気の看護師やな。侑護カッコイイやん」

 侑護は顔色を変えず一言、

「子供の相手じゃ、仕事にならんよ」

 とても乾いた、悲しい声だ。体は痩せて疲れも見える。採血を終えると、侑護は部屋を出ていく。

 「抱えてるもんあるな。どの仕事もそうか」

 俺は、その後はすぐ寝てしまって起きたら十九時四十九分だった。

「ヤバッ、」  

 寝ている珠澪を起こさぬよう、ソーッと部屋を出る。入り口を出ると、侑護が待っていた。

「ごめんごめん!採血の後、寝てもうてさ。」

「時間には遅れてないんやから、謝るなよ。」   

 そう言って、暗い夜道を歩き始める侑護。

「だいぶ暗い、というか黒いな。側溝とかあったら落ちそう」

「無いから大丈夫や。毎日通る道やからもう覚えてる」

 暫く歩いていると、しめ縄で封鎖された病院の裏手の山に続く脇道があった。

「これ、何で通れないようにしてあんの?」

「土地神様の祠があったんやわ。やけど、最近悪戯されたりさ、まぁ守るためにこうするしかないんよな」

「でもさ、これすると逆にバカは越えようとするでしょ?人が通れるようにしたほうが、バカ以外も通るから抑止力になるんちゃう?」

 「病院に来る人は、悠みたいに外を歩き回れるような人も少ない。抑止力にはならないし、わざわざここに人員は割けない。こうなるのはしょうがない」

 脇道を横目に進んでいくと、赤ちょうちんの小さなお店があった。居酒屋『彩葉』病院関係者以外にも近くの地元民に愛される歴史を感じる居酒屋。

 ガラガラと引き戸を開けると、カウンターの内側に作務衣のおじさんと

 「こんばんわ。親父さん。二人、入れるよね?」

 「おう。いつも通り空いてる。隣は病院の後輩か?知らん顔やな」

「侑護とは、保育園からの同級生です。今は入院患者と看護師の関係です」

「ほぉか。体悪いんか、居酒屋なんてええんか?」

 カウンターに座ると、奥から女の子が暖簾を潜って出てくる。

「亀さんいらっしゃいませ!お通し今出す!お隣は後輩さん?」

「こりゃ!初めてのお客さんに失礼やろ。早う準備せぇ」

 店主は、さっきのやり取りで何となく気を使ってくれたようだ。

 「いやいや、検査入院やし病気とかじゃ無いからええよ。」

 侑護の言葉に、彩は笑顔になり侑護と俺の前に大葉に乗った、貝の和物を置く。

「ツブの塩麹和えです。お酒は何を飲まれますか?亀さんは生?」

 「うん。」

「じゃあ、芋のソーダで」

「はーい」

 彩は奥に消え、親父は和紙のメニューを出す。

 「今日は何でも作れるぞ、パチンコで勝って気分がいいからな」

「親父さん、また彩ちゃんに怒られるやん。ポテサラと揚出し、しめ鯖ちょうだい」

「亀さん1回ガツンと言ってほしい!買い出し放ったらかしやったんやで!今日の揚出し割高やから。」

 親父さんは腰に手を当て、

 「料金はいつも通りでええ!亀にはうちのカミさんがお世話になってるからな。今朝も元気そうやった。」

「あのまま、順調に回復すれば来週には退院。」

 彩は料理をお盆で運びながら、

 「ホントにありがとう。亀さんの事バァちゃんめっちゃ褒めてた!仕事が丁寧やって」   

 俺が会話を笑顔で聞いていると、侑護は何みたいな顔でこちらを見ながら生ジョッキを持ち上げた。

「かんぱい」

 並んだ料理は、どれも美味しく酒が進んだ。その間も、彩ちゃんがちらちら侑護を見ているのが気になる。

 「モテるな侑護。仕事は順調そうだけどそっちはどんな?」

 「興味がないよ。今は仕事で人により添えてる。男女関係なく、人に尽くせるのがこの仕事のやり甲斐だからな。悠は?大学だろ?」

「大学は辞めた。この体で随分人生が変わったよ…今は、まぁ準備かな。」

「悠長なことしてるとすぐ歳食うぞ」

 「目標はすぐ見つけるさ。自暴自棄にはなってないから大丈夫」

 お酒の追加と厚揚げを頬張る。辛いものが苦手な俺にとって、高校に入ってから食べれるようになった生姜の味は、新鮮で今や大好物だ。

 「侑護、肉駄目だっけ?魚ばっか食ってるけど」

 さっきから侑護は、角煮や唐揚げ、ベーコンの入ったポテサラなどに手を付けず、刺し身やししゃもばかり食べていた。

 「魚特に好きなんだよ。気にせず食べろよ。親父さん、次は日本酒。」

 「うちの魚美味しいんですよ!伊勢湾の魚なんで」

 彩が日本酒を持ってきて、侑護の升に並々注ぐ。

 「ホントに美味しいですね。俺も日本酒ください!侑護、今の楽しみは?」

 侑護は、日本酒を呑みながら

 「掃除かな。汚れが落ちるってまぁ気持ちええからな。切り替え大事な仕事やから、引きづっとれやんし」

 「大変な仕事やな。小さな幸せを活力にできる人間は強いよな。かっこいいな」

 お互いの目を見て固まる。そして、笑った。

「わかり易すぎ(笑)。慰めて欲しい感出てるわ」

「侑護も、強がってんなぁ(笑)俺が褒めすぎてリアクション難しなってる(笑)」

「侑護さんの学生時代ってどんなのでした?」

 彩が焼き鳥を持ってやってくる。一瞬侑護の顔が曇る。

 「侑護、こんなに興味持ってくれてる人近くにいっぱいおんのやったら話したらええやん。優しいから勘違いするん違う?ゴメンね、侑護その話苦手やねん」

「そっか、ごめんなさい。しらんだ」

「ええよ。気にせんとって。それより、悠の準備って何の?」

 俺は、携帯のメモから小説のタイトルを引っ張りだし、侑護に携帯を渡す。

 「なにこれ?【怪異断罪】って怖い四文字熟語」

 「一応、書いてる小説の仮タイトルなんだけど」

 「ホラー系?あんまり得意じゃないなぁ」

 携帯を俺に返す侑護。お酒を飲み、トントンと指を机に打ち始める。

 「もっと堅実に生きた方が良いんじゃない?売れるの信じて書き続けるなんて無理だろ?」

「まぁ、他のやりがい見つけたらそれをやるかな」

「それがいいよ。色んなところ行って見てこいよ。悠、基本的に何でも出来るんだから」

 「そんなことないよ」

 その後も、飲みながら話をして、店主と彩もカウンターから出て一緒に飲んだり、楽しい時間を過ごした。店を出るとき、

 「また、来いよ川。気持ちのいい若者は元気を貰える。年齢以上に落ち着いた雰囲気は、亀と似てるところあるけど、少し元気が足りなそうだ(笑)。うちの飯を食えば嫌でも元気になるぞ」

「有難うございます。お酒も食事も美味しくて、大好きになりました。また来ます!」

 侑護と病院に戻る。思ったより長くなってしまい、侑護も病院に泊まることにした。

「悠、やっぱり人と会話するの上手いな。年齢とか関係無いのな」

「侑護のお陰だよ。いいお店、また行きたい」

 「ヒトタラシだな」

 「キモいか?」

 「大分な」

 笑いながら、病室と仮眠室へ別れて行く二人。この日は、自販機で水を買ってから静かに病室に戻り終った。

  次の日の朝、目を覚ますとベッド横に珠澪が凛々しくも冷たい顔で立っていた。

 「おはようございます。えー…いびき?ごめんなさい」

 珠澪は、笑みを浮かべて握った左手を突き出す。俺が左手を差し出すと、手の上に俺の指輪を落とした。

 俺は、両手で受け止めて驚いた。いつも指に着けていたのに、今彼女がそれを俺の手に落とした。

「落ちてました。昨日、酔っ払いすぎです。」

「えっ、ありがとう!すっごく大切なもので」

 珠澪は指輪を返し最後まで言葉を聞かず、点滴を引きながら病室を後にする。俺は一人になった病室で指輪を右の中指の定位置に収める。

「イビキとか、かいてた…のかな?怒らせちゃったな」

 病院の廊下を伏し目がちに歩く珠澪。仮眠室から眠そうな侑護が出てくるのを見て、自販機で水をニ本買う。少し早歩きで病室に戻ろうとすると、病室の中から侑護と川井が話している声が聞こえた。

 「昨日は付き合ってくれてありがとうな。二日酔いっぽいな(笑)。ほら、水」

「ペース合わせたのが間違いやった。」

 笑いあう男達とは裏腹に、珠澪は唇を噛んで足早に病室の扉から離れる。

「何なのあの人、侑護くんも何で…いつも下の名前で呼んでくれてたじゃん…」

 珠澪は、お手洗いに入り座る。目を瞑るが、小さな子供を連れた親子が入ってきて、ノックする。

 怒りよりも苦しさが零れそうで、ドアを開けてトイレから出ようとするが、鏡を見てしまう。点滴をつけた、悲観する自分が立っていた。

「最悪…。」

 点滴の刺さる腕を見る。白い肌、筋肉のない腕。珠澪は鎖のように感じて点滴を腕から引き抜き、足早にトイレを出た。

 病院を出て、外の光を全身に受ける珠澪。その時、救急車が病院の正面に到着し、慌ただしくなる。

 珠澪は、人目を避けるように離れようとするが、看護師を見て隠れようと病院の横の脇道に足を踏み入れる。

 病室では、救急車に気づき外を見る侑護と悠がいた。

「行かんとアカンは。救急や」

「頑張れ!今日はゆっくりしてるわ(笑)」

 病室を出る侑護、窓の外を見下ろしながら脇道に入る珠澪を見つける悠。

「見無さん。あれ、まずいよね?」

 対面のベッドにぬらりひょんの見無さんがいつの間にか座っていた。

「すぐに出てくれば問題ないがな」

 しばらく見ていても、珠澪が出てくることはなかった。

「行ってくる。見無さんもー」

「警察の連中が来ている。伊勢の時にいた二人だ。俺はそっちを見張る」

「わかった。」

 ぬらりひょんはふわっと重力を感じさせず、ベッドの上から窓の外へ飛び出す。俺が急いで窓の外を見ると、既に見無さんは地面に着いて歩き始めていた。

「ここ、4階やし俺飛ぶんわあかんよな?かっこええなぁ見無さん」

 そう言うと、俺はスタスタスリッパの音を立てながら病室を出る。

 その頃、病院の受付では友部と宇良が悠の病室を訪ねていた。

「4階の奥から2番目の部屋ですね?ご協力ありがとうー」

 その時、看護師たちにメールが入る。受付の携帯にも通知が来て見る。

「何かありましたか?」

「実は、その川井悠さんの同室の女子高生が点滴を残して消えました。探さないと」

 友部は宇良と顔を合わせて、3階へ向かう。階段で二人が駆け上がる中、悠はエレベーターを降り、外へ向かう。

 受付の前の辺りで、急ぐ侑護に会う。

「姫野さんが居なくなった。3階の女子トイレに点滴が置いてあったらしい。悠見てへんか?」

「あぁ、今…」

 病院の裏手の山は神域。普通の人間が入っていいわけ無い。侑護を行かせる訳には行かない。

「俺も看護師さんから聞いてさ。探してた。」

「そうか、でも探すのは病院の関係者に任せろ。悠は病室に戻っといて」

「わかった。」

 侑護は、階段を上がって3階へ向かう。俺はそれを見送ってから、外へ出た。珠澪が入って行ったであろう場所は木の枝や草が折れていた。

「行くか」

 その頃、病室では友部と宇良がベッドを探っているところを、侑護が鉢合わせになった。

「そこでなにを?それは悠の荷物ですが」

「川井悠さんのお知り合いですか?私達悠さんの知り合いで三重県に戻ってきたと聞いて伺ったのですが、今どこでしょう?」

 侑護は怪しみながらも、

「そろそろ病室に帰ってくるはずです。同室の患者さんもいますので、周りの方のご迷惑にならないようにお願いします」

 侑護は、部屋を出て下へ向かう。

「悠、面倒なことに巻き込みやがって。今それどころじゃないって。」

 病室でドカッと、悠のベッドに我が物顔で座る友部とそれを自分のベッドにされたかの様に嫌悪感を顔に出す宇良。

「何で警察と言わなかったんですか?悠くんの情報を持ってそうな友人に不審者認定されましたよ、多分」

「医者は賢いやつが成るもんだ。言わずもがな分かるもんだ」

「医者じゃなくて看護師です」

 驚いた顔で宇良を見る友部。

「何ですか?」

「看護師って男いるの?」

「時代遅れバカ」

 宇良は、病室の扉へ向かう。

「水買ってきます。すぐには来なそうなんで」

「コーラ」

 クソッ、と小さく吐き捨てる宇良。扉を閉めると同時に、胸のあたりがザワザワする気配を感じた。

「これって…」

 森の中の祠の前に、珠澪が立っている。手にはペットボトルの水、まだ怒りは収まらずその手は震えている。

「うざい。全部全部!何年経っても相手にしてくれないし、鈍感ていうか侑護くんあんなに笑ってるの見たことないし、私だって普通なら侑護さん誘ってデートとかー」

 息切れがはじまり、足に力が入らなくなる珠澪。苦しくて胸を抑える。

「なんなの…私だって、私だって楽しさ探して毎日いぎてるのに!」

 ペットボトルの水を飲もうとするが、手が震えて飲めない。珠澪はペットボトルを投げて倒れる。ペットボトルは祠にあたり、祀ってある石像を倒した。

 珠澪は、薄れる意識の中シュルシュルと蛇のような音が聞こえ、近づいてくるのを体も動かせず恐怖を膨らませながら、視界は黒に包まれた。

 それから暫くして、悠が祠にやってきた。

「大丈夫ですか?姫野さん?」

 悠は珠澪を背負い、来た道を走って戻る。その道中、

「既に祠の主に憑かれているようだ。気をつけねば寝首をかかられるやもしれん」

 白斗の言葉、今触れているのも怖いが一番気になるのは、

「その主って誰だ?」

 その後は、珠澪は検査を受けることになり、病院関係者には感謝された。侑護は付き添うらしい。

 病室に戻ろうとすると、見無さんが現れ、

「今、部屋に1人30尺後ろにもう一人居るぞ。」

 はぁ、ため息をつき俺は階段を駆け上がる。後ろから追ってくる足音が聞こえるがどんどん遠くなる。

 屋上に上がろうとするが、鍵が閉まっている。戻ると、追ってきた宇良と目が合う。

 俺は咄嗟に窓を開け飛び降りる。背中から伸びた腕が、屋上の手すりに手をかけ俺の体を屋上に上げた。

 それを見ていた二人の影。

「さぁ、これからどうするかな」

「戦う為にここに移動したのだろう?」

「まぁ、最悪それだな」

 その時、階下から透明だが確実に実態のある口が俺を飲み込まんと大きく開いた。嫌な記憶が蘇り、見無さんも悠も顔が強張る。

 地面を蹴り高く飛ぶ悠、悠目掛けて飛んでくる石、手で弾くと石が砕け粉になる。罠だった。

 大きな口からベロが伸び、俺を捉える。見無さんが『伴切』を抜こうとするが、ガチャッと扉が開き友部と宇良、鍵を開けた職員が入ってきた。

「早まらないで!」

 職員の男性は、そう俺に言った。いつの間にか口は消え、ベトベトさんが俺の真後ろに立っていた。

「ここは警察に任せて、あなたは彼を刺激しないよう下へお願いします」

「しかし…」

「一刻を争います!急いで!」

 宇良の言葉に職員の男性も従うしかない。

「俺は精神疾患でも患ってましたか?」

「異常者で人でもない」

 相変わらずこのジジイは、いつも話の導入で相手を敵に回す、と宇良は思った。

「この人は無視して、話を聞かせて欲しいの。あなたの敵では決してー」

「味方でもない。俺は誰にも頼りません」

 見無さんがスキを突こうと、『伴切』を振りぬくが途中で止まる。ベトベトさんの歯が刀を噛み止めていた。

「妖怪には頼るんだな?」

「死んで困るものじゃないので」

 冷たく恐ろしい言葉が、あっさりと口から溢れた。二人の刑事は動きを止める。

「ふはははははは」

 見無さんは大きく高笑いすると、伴切をベトベトさんの歯から火花を出しながら無理やり引き抜き、もう一度横に両断しようとする。

「垂楼!」

 友部のその言葉より早く俺の股から脚が生え、垂楼を蹴り上げる。まるで白斗が見無さんの伴切から垂楼を逃がしたようだった。蹴り上げた拍子にベロは千切れて消える。バウンドしながら屋上から落ちていく垂楼。

「ちっ、宇良!縛りあげろ!」

 しかし、宇良は動かない。

「宇良!おまえはー」

 どこからともなく伸びてきた蔓が友部を縛り上げ、口を塞ぐ。

「これで、少しは話を聞いてくれますか?」

 宇良は、そう言うと手を出す。

「あなた達に話をすると俺にどんな旨味があるんです?」

「情報交換できます。」

「なんの?」

 宇良は写真を取り出し悠に見せる。沖刑事と川端さん、知らない人間の写真だった。

「犯人について、私達もそろそろ見当をつけておきたい。東京の工藤刑事ではこの事件は手に余りますし、こちらにまで協力を求められるのは迷惑ですから。」

「宇良さんでしたっけ?話はよく分からないですけど、こっちにメリットってあります?」

「1日でも早く、犯人を捕まえて周りの人々を守ってください。それが悠くんのすべき事だと思います」

 宇良は、少し近づこうとする。

「俺がすべきことは、敵を討つことでその結果、大切な人達は守れます」

 宇良は立ち止まり、腰を少し落とした。

「これ以上の罪は、私達もあなたを逮捕しなくてはいけない。それはあなたのしたい事の一番の障害にー」

 その時、宇良の首筋に伴切をそっと置いた見無さんが現れた。

「障害は今失くします」

 ガチャッと屋上の扉が開き、侑護が現れる。友部を縛っていた木が消え、見無さんも居なくなる。

「悠!自殺しようとしてるって聞いた!阿呆かお前!」

 ドカドカ足早に悠に近づく侑護。宇良も何か言おうとするが、迫力で何も言えず止められない。

「いや、違う違う!待って…」

 思いっきり平手打ちされる悠と、それを見て怖がる宇良と友部。

「あはは!話聞けよ(笑)この人たち警察だし、姫野さんの事で話聞かれてただけだよ」

 侑護は病室に戻った俺と刑事二人に謝った。姫野さんも既にベッドに戻ってきてるがまだ意識は戻っていないそう。

「無事でホンマよかったわ。何で裏山に行ったんやと思う?侑護なんか知らんか?」

「いや、あそこに入っちゃアカンとは伝えてるし、祠以外なんも…ていうか何処におったん?」

 一瞬考えるが、面倒な事は嫌だから、

「祠何処にあるか知らんけど、俺は普通に入って少し行ったところで見つけたよ。枝が折れてて入った跡が残ってたからな」

「ホンマありがとう」

 侑護は深々と俺に頭を下げてきた。

「やめろや。似合わん事すんなって、仕事戻り」

 侑護は、刑事二人にまた頭を下げて珠澪のカーテンを締めると、病室を出る。

「さて、ようやく話ができる。」

「部屋には少女もいるけど?」

「意識がないなら問題ない。」

「反応がなくても聞こえてることはあるらしいよ」

 そんな俺の言葉は無視して、俺のベッドの上に茶封筒の中のものを落とす友部。

「ちょっと、友部さん」

「君の周りで既に死んでるのが三人。どれも事故死になってるが、明らかに意図がある殺され方だと思う。」

 三人の遺体の写真を並べる。沖刑事は特になんとも思わないが、二人の写真は見れず裏返す。

 友部が写真の上に更に工藤刑事の写真を載せる。

「この刑事と最後にあったのは?」

「いつだろうね。刑事が多くて覚えてへんよ」

「そんな態度はお前の心象を悪くするぞ」

 俺は、工藤刑事の下の沖刑事の写真を取って友部に見せる。

「この人もそうやった。人間って鏡やと思う。俺はこの人もあんたも心象最悪。だから、あんたが俺に対して心象悪くても当然やと思う」

「私も同意見。友部さん改めてこれから協力する川井さんに、挨拶するべきです。」

 友部は、沖刑事の写真を取り俺に見せながら

「これから宜しく、川井悠さん」

 頭を下げると同時に、沖刑事の写真も倒してふざける。しかし、この人はこれが照れ隠しなのだろう。

「宜しくお願いします。友部稲造さん」

 名前を覚えることは、利点しかない。信頼関係にも繋がる。現に、友部と悠はぎこちないながらも、作り笑顔を見せる関係にはなった。

「悠くん。君の持ってる力について教えてくれるかな?」

 宇良のど直球の質問に、悠と友部は驚いた。なんというか素直な人だな。

「それを聞くことのリスクって考えました?」

「えっ」

 やっぱり考えていなかった。

「沖刑事も、俺と会って数カ月で死んだ。友部さんが言うように、人じゃないのが絡んでたら、恐らく今宇良さんが聞いたことが原因です。勿論、沖刑事にも工藤刑事にもそのことはー」

 話してなかった。なのに沖刑事は殺されて、工藤刑事は生きている。何故だ。

「どうしました?」

「不思議な力を持っている、これが共通認識で持てるギリギリの線って事だ。相手はどこで聞いているか分からない。ご友人の中にも怪しいと思える人は居ないんですね?」

「はい。」

 友部の質問には即答した。

「今日はこの位にしておきましょう。」

「もういいんですか?」

 正直意外だった。あれだけ追ってきてようやく話すこの機会に、もっと聞いてくると思っていた。

「君…川井くんがこちらに対し、現状特になんとも思っていない事が確認できた。であれば、我々は情報共有をお願いし君が助けを求めてくれた時に駆けつける方が、君の動きを制限せず状況も把握できる」

「それって頼りになってます?」

 俺の質問に、少し間を開けて

「頼ってくれるのかい?嬉しくなってじいじ張り切っちまうなぁー。と、冗談はその辺で都合はそれぞれが持ち寄るものだ。分かるかい?頼りにするとはそういう関係だ。川井くんと我々は、勘違いとはいえ敵対し今、ようやく会話出来る相手に変わったと言える。」

「つまり、お互い求めるのは都合がよく、今後の為に情報共有出来る手段は残しておこうと」

「その通り、やはり川井くんは素直だねぇ」

「バカにしてますね」

 俺はベッドの上の資料を集めて、宇良に渡した。

「LINEでいいですか?電話は嫌いなので。」

 友部は宇良に交換してやれと首を振り、宇良はLINEを交換した。今もアイコンは咲ちゃんのままだった事に気づいた。

 刑事二人が帰り、シャワーを浴びる前に一眠りすることにした。

 夕方十七時四二分、夕日に照らされた病室で悠の顔に影が堕ちる。その影を生み出しているのは、朱眼の姫野珠澪だった。

 珠澪は、左手を伸ばす。左手の先から赤い大蛇が頭を左右に捻りながら、悠目掛けて伸びてゆく。

「はぁ…」

 ため息と共に大蛇の首が切られ、頭が布団に落ち、珠澪に巻き付く体と共に塵となって消える。切ったのは見無さんで、珠澪は糸が切れたように倒れる。それを地面の寸前で受ける見無さん。

「わしは何度、小奴を助ければいいじゃろう。のう、雨水よ。」

「見無、お前は過保護すぎる。別に赤鱗に噛まれたとて痛みで目を覚ますだけで死なん。お前は人に優しすぎる。その娘を受けるのもまるで人のよう」

 悠の額から口が現れ、白斗が喋る。見無さんは珠澪をベッドに戻し、

「貴様らが何百年も一緒に居ながら、そんなにも愛想が無いとは、わしには理解できん」

「悠は危険な奴だ。」

 白斗の言葉に見無は怪訝な顔をし、見回りの看護師の足音で消えた。

 次の日の朝、珠澪の体には赤い跡が至るところについていた。検査が行われ、侑護も忙しそうだ。

 中庭のベンチで遠くの病室で遊ぶ子供たちを窓越しに見つめる悠。

「あと1日で退院だ。姫野さん、大丈夫かな?あの祠、今朝の症状はあれのせいかな?」

「さぁな」

 白斗は相手にしない。

「それとは別物じゃ。」

「見無さん。なんか知ってるんですか?」

「はぁ…悠よ、もう少し関わる妖怪や神について興味を持ったほうがいいのでないか?お主の持つ力は確かに最強に近い、だがお主は人間でそ奴らが味方とは限らんだろう」

 見無さんはどこから持ってきたのか、白衣

を着ていた。見無さんの言葉に白斗が俺の右手の甲に口を現し、

「下らんことを、貴様も元の主を裏切った妖怪だろう。少なくとも何百年と共にした主を捨てるようなー」

 俺は右手の上に左手を乗せ、見無さんに頭を下げる。

「俺の中のバカがすみません。いつも助けていただいているのに、感謝してます。俺は見無さんを信頼してます。」

 見無さんは、居づらそうに顔を背け、

「そんなことよりあの娘、あの跡は赤鱗という蛇の妖怪によって付いたものだ。昨日の祠に居たのが取り憑いたのだろう。奴は信仰を喰らい尽くす妖怪で、あの祠が人に避けられたことで取り憑いたのだろう」

「じゃあ、その赤鱗という妖怪を滅せばー」

「それは昨日、わしがやった。」

「えっ…解決?」

「いや、まだだ」

 その頃、病院の病室では侑護と珠澪が言い争っていた。

「何で侑護くんは、川井さんばっかり!私がこんなに大変なのに!」

「俺は患者一人一人と向き合ってる。誰とかじゃなくて皆、支えるのが仕事だ」

「違う!侑護くん川井さんといる時楽しそうだもん!私と話してるときなんか、あんな顔…」

 他の看護婦さんが病室にやってくる。

「珠澪ちゃん、どうしたの。安静にしなきゃ、丸亀くん他の病室ヘルプお願いします。」

「でも…姫野さんは俺の患者で…」

「何で何も知らない人が来るの!邪魔しないで」

 珠澪の体から、炎が溢れ異常な力で看護婦を突き飛ばした。看護婦は体を壁にぶつける。

「珠澪ちゃん!」

 侑護は、思わず手をあげようとして、止まる。珠澪は声も出さず泣いていた。徐々に燃え広がる炎は周りの人間には決して見えない。

 病室の外に溢れた火を、中庭から見た悠達。

「やはり、取り憑かれていた!あの娘、死ぬぞ!」

「助けないと」

 その瞬間、ガラスが割れて珠澪が頭から勢い良く落ちるのが見えた。

「マジかよ!なんで!」

 悠の言葉より早く、足は動き出し見無さんの能力で俺の移動は普通の人には認識できなかった。落ちる寸前で体を下敷きにして受け止める。侑護達が急いで降りてくるのが、ガラス越しに見えた。

「えーっと気絶しとくか?」

「いや、離れるぞ」

 見無さんは悠と森に入る。駆けつけた医者も侑護も無傷な事に驚き、侑護は辺りを見渡していた。

「なんで森に逃げたんですか?」

「祠に行く。あの娘を救うには準備がいる。」

 昨日、珠澪を見つけた祠にやってくる。祠は昨日よりも崩れているように見える。

「まずは依代を整えねば」

 見無さんの指示で、森から木の枝や土、近くのコンビニで日本酒を買ってくる。

「見無さん、祠直すんですか?こんな急ごしらえでなんとかなります?」

「神域のものを使うのだ、ご満足いただける。酒はお頼みするしかない。」

「いや、一番高いの選んだんですけど」

「値段ではない。機嫌を損ねれば病院の者、皆死ぬと思え」

 めちゃくちゃ怖いことを言う見無さん。見違えるようにキレイになった祠。しかし、自然のものを使った為か、新しい部分も馴染んで違和感はない。

「見無さんほんと何でも出来ますね。」

 俺の言葉に赫駿が、嫌みのように

「伊達に三百年無駄に生きた妖怪だからな」

 俺は首に現れた口に手を突っ込み、赫駿をえづかせる。

「ほんとにごめんなさい。もっと長く生きてるだろお前ら」

「転生してますぅ〜、それに俺らだけじゃなくて悠もねっ」

 俺は、首をはたくがもう口は無い。

「いらん事はええ。早く祈祷しろ」

「祈祷ってどんなことを」

「内容は何でも。気持ちが籠もりゃ、依代として完成する」

 俺は、祠の前に屈み込んで手を合わせる。何も思い浮かばずジッとしていると、

「悠、なんにもしてないぞ」

 白斗にバラされる。

「やるよ!やるやる!」

 悠は、何故か咲ちゃんの話をした。色んな思い出ばかりを長々と。

「この祠もそんな話聞かされるとは思ってなかっただろうな。」

「うるさいなぁ。もういいだろ」

 病院へ戻る道中、赫駿と白斗がしつこく俺をいじってくる。

「お主らが仲が良いのはわかった。今晩中に依代に戻ってもらわねばならぬ。『縄寿姫(ナワコトノヒメ)』様には」

 夜零時二十三分、姫野珠澪は今まで寝ていたとは思えないスムーズな上体起こしで、布団を出て悠のベッドのカーテンの前に立つ。

 窓が空いていたのか、風でカーテンが揺れベッドの上で眠る悠が見える筈だった。珠澪はカーテンを勢い良く開けるが、やはりそこに悠は居ない。

「こっちこっち」

 窓の外から声がして、珠澪が外を見ると窓の上からピースの手が垂れている。

 月明かりに照らされた珠澪は猟奇的な笑みを浮かべていた。

「侑護くん、今日大変やったね。姫野ちゃんどうしたんやろね。」

「怖かったんだと思います。抱えているものが女子高生には重すぎます。見回り、今日は反対側担当してもらって良いですか?」

「私も南さん突き飛ばされたの見てるから、その方が助かるわ。お願い」

 侑護ともう一人の看護婦は、それぞれふた手に別れて見回りをする。

 その頃、病室では

「川井悠を殺して私も死にたい」

 ポツリと珠澪は呟くが、その顔は先程より無表情だ。窓に手をかけ上から垂れる手に飛びつく、その瞬間釣り竿で魚を釣るように、腕は珠澪を引き上げた。

 珠澪は月を背景に綺麗に1回転しながら、着地と同時にいつの間にか背負っている注連縄から無数の赤い縄がこちらに伸びてくる。

 悠は上裸になり、背中から生えた白斗の腕を使い縄を束ね、編んでいく。

「遊ぶなよ、白斗!」

 俺が言った瞬間、後ろから首に縄が巻き付き体を後ろに引っ張られ倒され、尚も引きづられる。建物の中を通り背後から縄を伸ばした珠澪の攻撃。

 悠の腰から赫駿の脚が生え、指を突き立て勢いを止める。

「相手の方が、縄を伸ばす範囲が広いよ。悠どうする?」

 赫駿が言った。

「間合いを詰めたい。正面で最短距離がいい」

 俺の言葉を聞いて、白斗が首の縄を取り悠の脚は赫駿に置き換わる。1歩で珠澪との距離を詰め背中の縄をはぎ取ろうとするが、縄が解けて珠澪を繭のように包む。

「あぁ…また距離が…」

「仕方ないよ、巻き込まれたら出れなくなる」

 赫駿が、悠の腕に成り代わって繭をこじ開けようとするが、シュルシュルと縄が回り続け指が入らない。

「うん。無理だね。どうしよっか?これ?」

 だんだん、赫駿のあっけらかんとした言い方が腹立ってくる。

「落ち着け悠。お前は、どうやってあの娘と縄姫を引き離すつもりだったんだ?」

「えっ?縄が本体だから、それを体から剥がせばいいのかと…」

「そんなので人間が縁から逃れられるわけ無いじゃん。」

「悠よ、これを使え」

 白斗は、首に現れた口から『那斬』を取り出した。『神折』の方は、体の中にあるようで外と中で糸が繋がってて、白斗が気持ち悪くならないのか不思議に思っていると、

「この那斬で縄姫を斬ればあの娘との縁は切れる。取り憑かれてる間であれば、斬らなくて良かったんだがな。」

「今の状態って…」

「一心同体だねっ」

 その時、繭が花が咲くように広がり中から姫野珠澪の面影もない、縄姫が目を瞑って立っていた。

 太さの異なる縄が全身を血管の様に張り付き、服はサラシの様な物とそこから繋がったスリットの入ったスカートで、今時のギャルとLady Gagaを混ぜたみたいな服だ。

 ゆっくりと開いた目は、蒼い目をしていた。

「俺ああいう服嫌かも…」

 赫駿の言葉を無視して、

「なんか雰囲気だいぶ違うぞ。眼、蒼いし」

「神通力が通ってる証拠だ。攻撃範囲は無限だ」

 無駄話をしていると悠の体が浮き始め、全身に力が入らない。珠澪を見るとこちらを真っ直ぐ見つめていた。

「妾の為に死ぬるか、人ならざる子よ」

 遠い筈なのに、響くような声ではっきりと聞こえる。声も珠澪とはまるで違った。

「まだ死ねないです。ごめんなさい」

 一番細い縄が悠の顔目掛けてピンッと伸びた。俺は反応出来なかったが、白斗が避けたようだ。

「悠、暫く俺に体を預けろ。猶予はない」

「うん。わかった。でも、祠に戻ってもらうこと、忘れないでよ」

 悠の眼に蒼と白の絵の具が混ざり込むように、色が変わる。縄を掴んだ右腕が伸び静かに屋上に降り立つ悠。

「ほぅ、妾の神通力を意に介さぬとは。その眼、穢れが混じっておるのぅ」

 次の瞬間、屋上には煙と焦げた足跡が残り、悠は縄姫の目の前に移動した。更には、縄も白斗の腕でブチブチ千切りながら引き剥がしていた。

「力量を測れんとは、廃れたな縄姫。もう忘れたのか?」

 持ち上げられ、吊るされた『縄寿姫』は信じられないという顔をしている。

「答えよ。我が所望している」

「貴様、何百年と現れなかったではないか!何故…此処に悠久…」

 悠の睨みで、名前を皆まで言わなかった姫。

「何故、その娘に浸け込んだ」

 顔を近づけ表情を変えない悠と、怯えたような顔の縄姫。

「あの娘は妾の源となる憂いを持っておった…久しく触れておらなんだ、届かぬ心根を妾が開花させたくなった」

 悠の眼は、普通の黒目に戻っていた。

「それは、本人が望むことでしょうか?」

「知らん。しかし、妾が入れば成し遂げられよう」

 悠の眼の変化で、あからさまに態度が変わる縄姫。

「わかり易くてまるで人間みたいですね。姫野珠澪さんが望むことは、『縄寿姫』様が思うほど単純明快では無いんですよ」

 悠の挑発で縄姫は縄を鞭のように振るが、白斗に止められる。

「挑発に乗る所も人のようですね、最初のすまし顔はどうされました?」

「わかったわよ!この娘離せばいいんでしょ。もう人間などと呼ぶな!」

 随分現代の言葉で言うなと思いつつ、縄からすり抜け下に落ちる姫野珠澪を白斗の腕で受け止め、そっと下ろす。

 手から離れた縄が宙で小さく纏まり、手毬のようなものがポトリと落ちる。

「『縄寿姫』様。こんな若輩者の願いを聞き入れて下さり、ありがとうございます。祠も綺麗にしてございますので、これよりお運び致します。」

 手毬を持って、森へ飛ぶ悠。祠の前に来て、小さな祭壇に奉納する。

「赤鱗の襲撃に気づけず申し訳御座いません。管理する人が居ればこの様なことには」

「赤鱗は人によって連れられたわ。あ奴が来る前に、何故かここは人が寄り付かんようになった」

「はい、人間の身勝手な行いで。しかし、人々は貴方様を守る為に、この森を立入禁止といたしました。そこだけは」

 手鞠が解けて、掌サイズの顔を隠した日本人形が現れる。

「ある日から信仰が途絶えた。それが無ければあの程度、寄り付かすこともさせぬわ」

「…現代に生きる人々にまた貴方様の御加護を授けていただきますよう、切に。病院の人々に貴方様のことをお伝えし、お参りする事をお約束致します。」

「今の子らの想いは、浅く少し吹けば容易く消えよう。燃えやすく冷めやすい。矛盾が人の有り様であるが、昔の様に一途に想いを遂げられぬものか」

 あぁ、縄姫は心底人を想い想われたいのだと感じた。病院に戻ろうと、木を登る途中

「『縄寿姫』様って恋愛の神様?」

「そんな大層なものじゃないが、縄が赤かっただろう?」

「怖かったなあれ。恋の炎的な(笑)」

「運命の赤い糸の語源とも呼ばれている。赤い綱を解き、人々に愛を教え分け与えた今で言うリア充?の神だな」

 俺は笑ってしまった。リア充なんて言葉、どこで仕入れてくるのか。神様はよく世界を知っている。そんな神様からしてみれば、この世界は小さいものなのだろう。

「しかし、説得で引き離すとは思わなかった。縄姫も祠を壊され、追い詰められていたのだろう。望んだ結果では無かったのが幸いだったというわけだ」

 木のてっぺん、屋上を見るとまだ珠澪は眠っているようだ。

 ふと、別の病棟の窓から森を見つめる人影を見つける。縄姫の言っていたことを思い出す。

「ある日から信仰が途絶えた」

 悠は、人影に向かって飛んだ。恐らく3歩で着ける。しかし、相手が階下へ走り出したのが見えた。

「逃がすか」

 病棟へついたが、人の気配は無い。少し空が明るくなってくるのが見える。

「仕方ない。珠澪ちゃんベッドに戻すか」

 屋上へ上がり、珠澪を抱えて病室に戻る。珠澪をベッドに戻した時、病室の外に人影を感じ、開けると侑護がいた。

「何してた?姫野さんも居らんかった。一緒やったんやろ?」

「裏山の祠、きれいにしてたんだ。また、お参りしてあげて欲しいって、珠澪ちゃんが」

「勝手なことするなよ!あの子は、絶対安静なんだよ!昨日のこと、見てただろ?」

「見てたさ、あの子が望むとおりにした結果だ。それに…」

 俺は侑護に耳打ちして、侑護は少し考えたあと、頷いた。

 次の日、姫野珠澪は何事もなかったように起き、人生で一番気持ちのいい朝を迎えた。体から病魔は完全に消えていた。医者は奇跡としか言いようがなく、手術の予定もキャンセルされた。

「悠さん、ちょっといいですか?」

 帰り支度をしていると、珠澪から声を掛けてきた。二人は、中庭のベンチで話をする。

「昨日、助けてくれたんですよね?」

 珠澪は、手に持った赤く細い寄り縄を見せてきた。縄姫、今回の騒動内心楽しんでるな。

「何か覚えてる?」

「私、死のうとした。でも、なんかその前にしなきゃいけない事って勝手に…悠さんのベッドに向かって…それで…」

「傷つけようとした?」

 珠澪は涙を流しながら首を振った。

「言わなくていいよ。俺は生きてる。珠澪ちゃんも生きてる。良かったよ、侑護にもまた会えるね」

 珠澪は泣きやまなかった。

「ごめんなさい…」

「いいよ。それ、君に勇気をくれた人からの物だから大切にするとええよ。大切な人に渡すとなんかいい事あるかもよ。」

 すると、タイミングよく侑護が病院から出てきた。

「侑護!ちょっ、こっち」

 侑護も、俺を見つけ少し笑みをこぼしてやってくる。

「あのさ!〈これどうよ!〉」

 同時に話し始め固まる二人。珠澪は思わず笑い出す。

「珠澪ちゃん泣いてるやん。お前何してんな」

「今わろてるやん。何もしとらんしな。何?」

 侑護は、手に握っていたものを広げる。珠澪が持っている寄り縄と似た、毛糸で作った三つ編みのミサンガだった。

「これどうやろ?悠の話聞いて作ってもろてん。」

 俺は、珠澪ちゃんを呼んで二人を向かい合わせる。二人は持っているものを見て驚いた。

「交換すれば」

 そう言うと、悠は病院に戻っていく。残された二人は、照れながらも持っていた赤い縄と糸を交換する。

 東京世田谷区某所、

「こんにちは。失礼しま…す」

 リビングに入ると、黙食している美祐と目が合う。

「朝からごめんなさい。今日からお世話になります。」

「お世話はしません。居候です。」

「はい。」

 俺は、川端さんの部屋に入る。

「はぁ…気まずい」

 机の椅子に座り、『怪異断罪』を開く。

「今回の【縄寿姫】の件も追加しよう。珠澪ちゃんと侑護の恋愛は発展させる方が面白いかな(笑)」

 昼過ぎまでノンストップで書きすすめていると携帯が鳴る。表示されたのは、

「あっ、苑香だ。なんか話あるって言ってたな」

 この時、既に俺はやらかしているのだが、二人で内緒でを忘れて、グループLINEに東京に帰ってきたことを連絡していた。

「悠くん、グループに入れたら相談出来ないじゃん。忘れてたでしょ?」

「ごめんなさい…前の事があったから連絡入れなきゃの意識が先行して…」

「言い訳しないっ。もぅ、これからって会える?多分夜は皆で集まるだろうし」

「会えるよ。何処で待ち合わせようか?」

「カラオケ店、いつもの所と違う所にするからLINE送るね。」

 顔見知りとバッタリは避けたいんだろうな。大学周辺はリスキーだし、俺達のよく遊ぶの渋谷や新宿も避けるだろうな。

「分かった。外出る準備するよ」

「ありがとう、悠斗くん」

「うん、あとでね」

 服を着替えていると、案の定泰征からのLINEで夜に集まる居酒屋のリンクが送られてきた。意外にも新橋の居酒屋だった。

「まぁ、平日夜ならそこまで混んでないか」

 服が決まったところで、苑香からLINEが来る。送られてきた場所は、また意外な銀座。

「新橋との距離感考えたのかな。緊張するわ」

 ありがとうと返事をして、部屋を出ると静かなリビングに、川端さんの書紀が置いてあった。近づくと付箋が貼られていて、忘れ物ですとだけ、書かれていた。

「読んでない…よね。あの時、バタバタしてたから…」

 玄関の方で物音がして、美佑が帰ってきたことに気づく。リビングの扉が開き、電気を付ける美佑。俺を一瞥してから、自分の部屋に戻ろうとする。

「あのー」

「早く忘れ物部屋に持って行ってください。出掛けるのは勝手ですが、深夜の帰宅は不審者と見分けがつかないので、やめてください。あの人もそうだったので慣れてますけど、嫌なので」

 そのまま部屋に入ってしまう美佑。俺は本を手に取り部屋に戻る。

「どうしよう。中身見て、いやいや駄目だろ。でも、見てしか言えないのもな…これ以上しつこいとほんとに変人認定…」

 俺は首をブルブル振る。相変わらず俺の周りには妖怪や神も現れるし、いざという時のために関係はこれ以上マイナスにしたくない。

「あの人普段なにしてんの。はぁ」

 美佑は部屋で服を着替える。体を拭き私服に着替えるのは、このあと友人と予定があるからだ。もうすぐテスト期間、スタバで勉強はこれから増えるしあの変な人と顔を合わせない方がテストに集中できると考えている。

 携帯を開くとゼンリーで友達の澄麗が家に向かってきてるのがわかる。

「またあの人と鉢合わせしそうだし。まだ出てないよね…もう!」

 着替えて部屋を出る美佑は、悠の居る部屋に来てノックする。

「はい!」

 悠は授業中先生に当てられた先生の様に、上に真っ直ぐ立ち上がる。

「すいません。開けなくていいです。もうすぐ私の友達が来ます。私が出るまで、部屋から出ないでもらえますか?まだ友達はあなたの姿見てないので」

 ドアの前で携帯を見ながら話す美佑。あと二分でインターホンが鳴りそう。

「わかりました。わざわざお声掛けありがとうございます。」

「年上なのに敬語はやめてください。私の都合で申し訳ないですが宜しくお願いします。」

「美佑ちゃんが敬語だから俺も敬語なんだよ。それが礼儀だと思ってるし」

 ドアの向こうから返事は無かった。ピンポーンとインターホンが鳴り、美佑は急いで鞄を持って外に出る。

 悠は、部屋の中から玄関の鍵を締める音を確認し、暫くじっとしている。

「逃亡犯の潜伏ってこんな感じ?ていうか、俺も急がんと」

 平日の昼過ぎの電車は、込み過ぎず座れない程度に混雑していた。銀座のカラオケ店は土地柄だろうか、明らかに他の店舗より入りにくい。苑香は既に入ってると連絡が入っていた。

「えーっと、部屋番は023か」

 その頃、カラオケボックスでは苑香が歌っていた。

時に身を任せるの DON'T STOP

PASSING TIME 残せるものはあって 

語るように生きた人は 刹那を彩って 

幸せから滴った蜜を分けるの 

貪る誰かも 肩書きだけのあの大人も

救いようがないから 置いてくよ

変えるしかないから

私達の創り手を見つけて

光にすがるだけなんて嫌で

才能なんて言葉は 続けることを捨てること

言葉を扱えない そんな存在は

もっともっと遠くへ 

BECAUSE OF CIRCLE きっと繋がる

I want you to Understand

私の生き方 Someday you'll realize

 【ヒメアノ】の『Excution』はダンスが有名だが、苑香は椅子に座ったまま既に四曲歌った後、リズム感を作ってこれから調子を上げる為にいつものルーティンでこの曲を歌っている。

「ヒメアノさんカッコイイ。響はどれが良かった?」

 苑香の膝の上、小さな妖怪【呼子】の『響』が見上げるように苑香を見ている。

「そうねぇ、ソノちゃんはゆっくりな曲の方が伸びがいいから聞いてる人に気持ち伝わるはずなの。私がいればどんな曲も人の心には伝わるわ」

 響は、ちょこんとカラオケ画面を見て座る。苑香は、響の前にマイクを持っていく。曲のイントロが流れ、響のきれいなハミングを苑香は目を瞑りながら気持ちよさそうに聴いている。

 ガチャッ、扉が開き悠が入ってくる。部屋にいる全員の動きが止まり、曲の歌い出しが始まる。

「えっ…そうなの?」

 俺の声と、響のあんぐり顔、苑香は顔を手で押さえているカオス。知らぬ間に、悠の周りには人と妖怪が混じり合う混沌が生まれている。これから、悠はそれを理解し受け止めなければならない。

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三重の織り姫 @tokiura

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