第2話 そうだ、四条河原行こう。

 いにしえの都、巨大な鉄道駅。駅前広場右端に、ボディーに京都交通と書かれた薄緑色の市バスが二台並んで停車していました。二台とも行先は四条河原となっています。

 「なんだ、これは……」

 1993年夏の暑い日でした。


 「う~ん」

 ここは中華人民共和国。大陸奥地に数百キロも入り込んだ陝西省の古都・西安です。そのど真ん中の鉄道駅で、京都交通の四条河原行きなんてものを見つけたから「なんだこれは」となっているのです。


 宿泊している外国人用ホテルのそばからこの西安駅まで乗ってきた、ぎゅうぎゅう詰めの車内に車掌が一生懸命回ってきて料金を徴収する、いわゆる街中の足の市バスとは明らかに違う雰囲気です。


 う~ん、確かめたい。ぼくはこのバスに乗ったらどこに行くのか、どこに連れて行ってくれるのか、とってもとっても確かめたい。

 「私、気になります」

 

 でもここは中国。決定的な間違いがどうにかなるような国ではありません。金銭的には、(正規料金で済んでいるなら)西側諸国の旅では絶望的な大失敗でも、中国の物価なら、日本人であるぼくには微々たる失敗に過ぎません。けど、新宿歌舞伎町じゃないけど、どんな天文学的なぼったくりが待っているかもわからないし、というかそもそも、五体満足で生きて帰れるのかというところから、警戒をおろそかにするべきではないのです。どんな身の危険が潜んでいるやら、あるいはスパイ容疑だとかで国家レベルの濡れ衣が着せられるかもわかりません。


 四条河原行き京都バスの周囲にはいくつものマイクロバスが停まっていて、拡声器を持ったおばちゃんたちが、

 「ピンマーヨークン、ピンマーヨークン!」

 と連呼していました。

 その大音声を聞きながら、その音の響きに助けられながらおばちゃんたちが掲げる中国語の文字を読むと、

 「あ~ぁ、ピンマーヨークンて兵馬俑館てことかぁ」

 へー。ああ、ここ西安だもんね。秦の始皇帝のお墓の兵馬俑? わぉ、そのほんまもんの本物かぁ。ぜひ見てみたい。


 「あと一人あと一人で出るよ~」

 みたいに連呼するおばちゃんに「兄ちゃん乗れ乗れ、ライライライライ」って感じで呼ばれて、マイクロバスに乗り込みました。ぼくが乗って満席、そしてすぐさま出発です。


 バスの中では若い兄ちゃんが拡声器で何やら解説を始めましたが、すぐぼくの所へ来て何か言いました。ぼくは紙とボールペンを渡して筆談開始。

 「どっから来たの?」

 「我、是、日本人」

 「日本人?」


 兄ちゃんはバスの先頭に戻って「今日のツアーには日本人が一緒にいますよー」的なことを拡声器で言ったので、車内は「おお~」と大いに盛り上がりました。日本人て言っていいものかどうか迷ったけど、みんなめちゃくちゃ親切で友好的でしたよ。みんなにっこにこで一緒に写真を撮ったりしました。


 マイクロバスは、兵馬俑の発掘現場をそのまま建物で覆って博物館としている兵馬俑館を見学し、始皇帝陵、それに楊貴妃が入ったという温泉を訪れ、西遊記館に桃源郷館、そしてどこの小さな町にも前の二つとセットで必ずあるだろう抗日博物館をめぐって、大満足のツアーを終えました。料金は十二元半(当時のレートで125円くらい)だったと思います。

 

(当時の中国には通貨に人民元と外人兌換券との二種類があり、外国人は外人兌換券しか使ってはいけませんでした。人民元と外人兌換券ではまず交換レートで二倍、そして表示されている各施設入場料や乗車賃で外国人は三倍とかだから、ここですでにだいたい六倍、しかも諸々ファーストクラスしか利用、購入不可が基本だから、そうなると外国人は中国人の何十、下手したら何百倍の料金に跳ね上がるのが中国の公式ルールなのでした。ですから、この兵馬俑館ツアーは、最後の抗日博物館だけは気まずかったけど、完全にただで行ったも同然でした。みんな優しかったし)


 それでね、兵馬俑館で、例の薄緑色のバスを見た気がしたんですよねぇ。うずうず。やっぱり確かめたい。

 「私、気になります」


 で、日を置き今度は京都交通”四条河原”行きのバスに乗ってみました。これは完全に日本の都市部でバスに乗る感じで、料金はたしか三元半(35円)。座席毎に横についている「止まります」の日本語もそのまま、数えるほどしかいなかった乗客のうち若い子がいたずらでピンポーンと押して「次、止まります」なんて日本語のアナウンスが流れてくすくす笑っている光景なども、まるで日本そのままでした。


 誰がピンポンと押そうが押すまいが、どこにも停留所なんかあるようにも見えず、信号も一つもないからノンストップで、バスはやっぱり兵馬俑館に着きました。しかし片道一時間半。こりゃあ遅い。

 でも、西安で京都交通の四条河原行きバスに乗ると、始皇帝のお墓「兵馬俑館」に着くのって、おもしろいなぁ、と満足しました。

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