第11話●坂道

「ホントのトコ、どうなんだ?」

 アンティは顔と思わしきパーツへカップを傾ける。結局切ったアップルパイをほぼ全部一人で平らげた顔は、今は二つの立方体になっている。優雅に傾けられる紅茶が消えていく正面では、エクスが皿と相手の周囲に散らばった食べ屑を消していた。

「本当とは?」

「あの星の子だよ。なんで一緒にいる?」

「気になることかね」

「ちょ~~っとは、ね」

 大きく背を反らし、飲み干したカップの底をアンティは見上げた。茶葉の欠片も見当たらない。占いもできないと笑うが、エクスは今度こそ反応を出さなかった。

 ラピスがいればまた怪訝そうに見られただろう。が、彼女は断って先に席を立っている。同胞の再会に水をささないように長居を遠慮していた。いい子だとアンティは思う。それこそ、境遇に見合わないほどに。

「気に入っているのはわかる。でもなぁ、そんなに入れ込む理由があるかなぁ。オッドアイと星纏いが揃うなんて、人曰く奇跡だろ? こっちからなら完璧でも、紛い物だ」

 魔神は万能である。類に漏れず、アンティも少女のこれまでを一目で見抜いていた。ラピスの魔力は生まれもった天然物ではない。無理に肉体に紐付けられ、備え付けられている。エクスの召喚が人里離れた場所で、人知れず行われた時点で初めから予測できたことだった。

 生首の顔面ある亀裂のなかで、黄金色の目玉が歪に光る。異質な紫の光はけっして好意的ではなかった。

「首が此処にある理由では不足か」

「あと一歩! もう一声! って、やつ。俺たちは人間に興味を持ちやすいタチなわけだがな? 個体の興味ってどんな気持ちかってコ・ト」

 立方体を囲う輪が素早く回り、覗いていたカップはまるでクッキーを食べるように欠けていく。

 魔神は人の営みに興味があるから、彼らの欲望を満たしている。召喚者に対価は無いため、共に過ごすことや願望を果たす行為を強制されてはいない。叶えたら一定期間は世界に留まることができるが、彼らの性質から長居を求められて聞き入れない者はほぼ皆無だ。

 しかし、人の欲望をどれだけ見たいかは個性が出た。ひとつだけ叶えてから命に手を掛け、別天地での単独行動をしばし楽しんだりする気まぐれな享楽者。あるいは決められた期間を付き従い、見守る行為を楽しんでいる気の長い者もいる。

 数年前に呼ばれたアンティは後者だが、そろそろ相手に飽きてきていた。派手な望みを叶えて、絶頂を保たせるか。身動きもできないほど堕落させるか。意味合いの違う楽しさを天秤にのせて考えあぐねている最中に、魔界から唯一顕現を規制された仲間の気配を感じた。

 エクスは強さと人好きの傾向もあって、魔界でも鼻摘み者だ。エクスもどう自分が周囲から見られていても気に留めていない。わざわざ会いに来たがる同胞もいない。事実、厄介者の様子を知ろうと乗り込んできたのはアンティが初めてだった。

 カップを全て食べ終えた立方体が真っ赤な球体に変わる。輪も放射状に線の集合体となり、ビー玉程度の大きさになった玉の周りでエクスに切っ先を向ける。

「依存か?」

 指摘だ。言わば、あぶれ者同士の傷の舐め合い。言わんとする内容に、エクスは輝きを解いた。

 ふむ。無い肩をすくませてから、つかえていた息を吐く。首はゆったりと笑っていた。

「わからない。未だ捉えあぐねているところだとも」

「おー、らしくない。らしくない」

 アンティも笑い返す。頭部は元に戻っていた。聞けば、魔術も知りたがったため教えていると言う。

「人育てまで行き着いたか。そのまま真っ逆さまかもな。転げると速いぜぇ?」

「それもまた味わい」

「せいぜい受け止めてもらえよ?」

「強いたりはしない」

 魔神と少女の行く道程がどのようなものか。登るだけか。それとも、どちらかが落とされるか。

 それは歩んでみなければ、いつまでもわからない。

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