第9話○つぎはぎ
彼らの家にはほぼ毎日、サイ宛の郵便物が届く。配達局員によるものや、転送装置で直接送られてくるものもある。首を失ってから事実を晒さずに日常を続けていることもあるが、以前よりも増えているのは奪われた身体探しの件も含まれていた。
強奪した組織と仕掛人の背景は把握がもう終わっていた。彼ら自身の失敗で持っていた信用を失わせてから、精神を削り窶らせる方法をサイは取った。ジルも一昨日辺りに首が黒い紙に書かれた文面を読んでいるのを見ている。
サイにはいい報せだったのだろう。浮かせた文書を音もなく燃やす顔はほくそ笑み、緑の炎で不気味に照らされていた。たった一度の挫折でサイが満足するわけがない。最低でも数年かけ、存在を弄ばれるに違いない。
今更ながら、むしろ今だからこそ心底敵にはしたくない男だ。
ジルは郵便受けと転送装置を確認して、自分の名前がひとつもない封筒の束を手にする。
知らない。知っている。知っているが、名前だけ。本で見たことがある名前。知っている。知っている。顔見知り。聞いたことしかない。エトセトラ。エトセトラ。
移動しがてら、様々な宛名を見ていたジルの片眉がひくりと上がった。
◇ ◆ ◇
回収から戻ってきた相方をサイはテーブルで微笑みながら迎えた。卓上ではいくつか本が広げられ、ノートに羽根ペンが走っている最中だった。
「色々来てるぞ」
「ありがとう。そこに並べてくれるかい?」
「まずはこれから、だろ」
何も置かれていない自分の横を目だけで見たサイに、ジルは束から抜き取った封筒をひとつだけ置いた。
薄茶色の封筒に赤の宛名書き。差出人不明の代わりに、インクと同色のシーリングワックスで蓋をされている。砂時計と蔦が組み合わされた意匠が仕込まれた魔力で微かに色が青に波打つ。サイのみならず、ジルもよく知っている印だった。
「わかってるじゃないか。さて、手かがりが見つかったといいね」
羽根ペンが記述を止める。言う合間に蝋は溶けて霧散していく。開かれた封筒から手紙が飛び出し、サイの前で浮いた。
あの特徴的な印章はサイ御用達の情報屋のものだ。相手の本職は商店だ。個人経営ながら台所用品から魔術的儀式の材料まで流通しており、幅広さと知識量は有名店舗にも引けを取らない。その人脈から情報屋としての側面も持っていた。情報屋はサイと旧友とも言うべき長年の付き合いでもある。
厄介者扱いの男と交遊がある人間らしくジルがパートナーに収まったことを「御愁傷様」と笑い、なおかつ「よろしく」とも頼る、なかなか食えない人物だ。有している性格か、仕事の癖か。よく回る舌で気になったことは根掘り葉掘り訊いてくる。ジルは得意ではないが、悪意をもって害をなす人間でもなかった。
そんな信頼している相手から連絡があるということは、重要な任を任せているということだ。
「身体か? 今はどこらへんだ」
「転々としてるみたいだよ。このサイファー・デマントの首なしだ。コレクションには持ってこい。だけど、殺せもしないし魔力も抜けない。高値で取引、襲われ、奪われ。今はまたオークションにかけられるってさ。てんやわんや引く手数多の旅路らしい」
「随分楽しそうだな」
「楽しいさ。自分の真価なんてこうでもなきゃ見られないしね。首だけでよかったよ。これで全身バラバラだったら足取りを追うのも苦労する。継ぎ目だらけの身体なんて……」
滑らかに回る唇と舌で調子よく喋っていた声が突然止まった。宙にある手紙を摘まむジルをサイが気まずそうに見上げる。眉をハの字にした表情は自信を切らさない魔術師には珍しい。
「……ごめん。言い過ぎた」
首は沈んだ顔色で過ぎた口と反省している。文面を確認するジルは手紙を持たない片手で、項垂れるサイの頭に軽く触れた。すぐに離れていく掌は「気にするな」と伝えている。
サイに会うまでのジルは全身に様々な契約を刻まれていた。体に施されたでたらめな量は粗雑で計画性の無さに目眩がするほどだった。命まで掌握された呪いと忌むべきものまで多数縫いつけられ、一般人なら発狂してもおかしくない。物珍しさ以上にサイも驚きを隠せなかった。
つぎはぎという単語はジルの過去を刺激する言葉だが、今は解除した相手に示した通りの感情しかない。蝕んでいた粗雑な縫い目はサイの手でほどかれ、自由を得ている。ジルが共にいる当初の理由も、解放に対する恩義が大きい。
今は別の理由も増えてはいたが。
優しい手付きにしおらしく感じ入るサイを、ジルは見て見ぬふりをした。
「で? いつ取りに行くんだ」
「もう少し泳がせてもいいかな。釣る獲物は増えるし、彼も楽しいらしいしね」
「お前らな……」
「時が来たら、かな」
ジルが手紙を読んでいる間に、他の封書もサイは目を通していた。吉報凶報。仕掛けた罠や依頼先からの返事。どれにもまだ、体を迎える行動へ移すきっかけは無い。
ジルは情報屋用の箱に手紙を入れ、肩をすくめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます