第7話●まわる
スカートが綺麗に広がるように。けれど、丁寧に。ラピスは利き足を軸にしてその場で回った。
紺色でありながら角度によっては青紫にも見える布地が柔らかく光を吸い、あしらわれた数種類のビジューが上品にそれを反射する。星々の輝く夜更けの空を思わせるワンピースは、少女の動きによって豊かな表情を引き出される。
生み出したエクスが傑作と自称するのも当然の出来栄えだ。亀裂から覗く黄金の目には、照れながらも満足げな少女が何度も裾を翻す光景が映る。色が異なる双眸にもよく似合っていた。
袖を通すのが勿体無いと渋っていた衣服も着てしまえば、不安だったのが不思議なほど高揚が勝る。好きな服を着るだけで自分が好きになると聞いていたが、その通りだ。
軽やかにスキップをしそうな勢いをこらえて、ラピスは何度も手を揉み合わせながら用意してくれた魔神に尋ねた。
「どう、かな」
「私が君に用意したのだ。似合わないのがおかしい。よく似合うとも」
紫と水色の目が弧を描いて細まった。緩んだ目元と明るくなる表情にエクスも嬉しくなる。多量の服を断捨離をしてからも未だ着れずにいるラピスの背中を押したのは、やはりエクスだった。
見ているだけでは勿体無い。着た様子も知りたい。
生首で浮く姿に加え、ぎょろぎょろと裂け目で動く二つの目玉に思案を求められた。都合のいい願望機でもある魔神から頼る言葉を引き出すのは、目をかけられている少女ぐらいなものだ。異形に怯えることもなくなったラピスは、どうせならと、伝えた。
せっかくだから素敵な場面で着たい。大まかで難しい願いでも、エクスには問題ない。具現化はお安いご用だ。
着替えたラピスが案内された部屋が開くと、あるはずの床がない。天井、壁面、床の境界が失われ、夜空が詰まっていた。ラピスの頭上だけでなく足元にも果て知らずの銀河が青に、緑に、赤に。金に銀に、煌めいている。あまりの奥行きに踏み入ったが最後、真っ逆さまに落下する想像が過る。正直に足がすくんだ。
浮く生首は率先して室内に入り、戸惑うラピスを誘う。
「安心したまえ。落ちることなど有り得ない」
意を決して小さな一歩を踏み込む。空中に靴底が触れる。重心を移動させて恐る恐る片足も出せば、ラピスの体もエクスと同様に何もない宙に浮いていた。
「う、わ……!」
「君だけの特別な空だ」
見えない螺旋階段を巡るように彼らは自由自在に上昇し、気まぐれに下降する。浮遊する星の灯籠とすれ違えば、すぐ側を流星が光の尾を伴って駆けていった。教えてもらった星座が形に変わり、自分たちを迎えてくれる。
ラピスが両手を広げて走れば等級の低い微々たる星が一緒に舞い上がった。欠片と戯れる様子を静かにエクスは見守る。
「すごい、すごいすごい! こんなことできるんだ!」
「素敵な場面だろうか」
「想像以上だよ」
星の瞬きより強く魔力を煌めかせる両目がエクスを見る。星を操って花を編むように冠をラピスは作ると、青いツノを避けて頭頂にそっと乗せた。黒に白銀がちらつく輪が美しい。金の眼差しを持っているのだ。似合わないわけがない。
「ありがとう。お礼にならないかもしれないけど、私の気持ち」
星すら地上に降ろす魔神は、さんざめく光より満足する少女の輝きの方が眩しい。
「素晴らしい勲章だよ。誉れとして私と一曲、踊ってはくれないかね」
「よく知らなくてもいい?」
「愚問だよ。ここのルールは、私と君だ」
互いに向き合い、優雅に一礼する。エクスは冠を落とさぬように。ラピスは夜の布を軽く摘んで。淡い青に発光する枝のようなツノヘ、ラピスは右手を近づける。指先を先端に添えると体からさらに重力の概念が消えるまるで水中を謳歌するクラゲの如く浮かび上がった。
星影歌うダンスホールをふわふわと独占する彼らは、気の済むまで星座とのワルツを楽しんだ。
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