第8話 男

SNSは今や誰もが使っている。何か面白いことはないか、と画面の前でエンタメを探す日々。

昔はテレビがあった。昭和であれば、家族団欒、テレビの前にかじりつき画面の奥のスターたちに目を輝かせていただろう。

しかし、時代は移り替わる。

時は、令和。今の若者はテレビはみない。自宅にテレビはない、というのも増えてきた。

代わりに抬頭したのが、その手に持たれたスマートフォン。そこで全てのエンタメが享受される。

ここに、全てがある。

さて、これからの未来はどうなるのだろう。どのような革新が生まれるだろう。

スマートフォンにとって代わるもの。スマートフォンよりも面白いエンタメ。皆が目の前の画面よりも、いつかの活力を取り戻せる場所。

それは、もう一つしかない。

エンタメの発信地、東京だ。

常に、先の未来を映し出す東京。

物事の中心は、東京から始まり東京で終わる。入口から出口、始発入りの終電、創造と破壊。

東京が、未来の世界を席巻するその日はもう近い。

侮るなかれ、東京。



18時。外はもう暗い。つい最近までは、この時間はオレンジの空が覆っていたのに、今じゃすっかり暗闇に侵される。

しかし、今日は金曜日。サラリーマンたちはどこか嬉しそうな顔を浮かべて、ぞろぞろと居酒屋に入っていく。

そういえば、いつかの「プレミアムフライデー」なんてものは一体どこに行ったのだろう。

静かな細道。シンとした佇まいのこの場所に朱色のドアが小さく開く音が聞こえた。

「……ここか」

難しそうな顔をした一人の初老の男。黒のレザージャケットにシンプルなジーパン姿のそれだが、やけに迫力あるように感じる。

男は三橋を見るやいなや、キッと睨んで見せた。

「いらっしゃいませ!」

優菜の快活な呼びかけに対して、男は何の反応も示さない。三橋は持っていたザルをシルクに戻した。

「……何の用だ」

何やらまた背が凍り付くような空気が流れた。冷酷な三橋の声に、優菜も思わず背筋が凍る。

男はそのままカウンター席にドカッと座ると、三橋に「ラーメン一つ」と薄ら笑いを浮かべてい言った。

「当店、一見様お断りなもんで」

「ケチくせぇ店だな」

一触即発の危ない空気が流れる店内。何かに引火してしまえば、すぐにでもまたいつかの抗争がおっぱじまるようなそういう空気感。

優菜は気丈にふるまってはいるものの、心臓がバクバクする。

「なぁ三橋、なんでラーメンなんか作ってんだ?」

「質問の意味がわからないな」

「そのままの意味だよ」

「……俺はもう引退したんだ」

「質問の答えになってねぇな」

旧友、といったところだろうか。

少なくとも、男は三橋と敵対しているというわけではなさそうだ。


優菜は少し胸をなでおろす。男は、きっと三橋と関わりのある人物なのだろう。

「お前に作るラーメンはない。出てけ」

三橋は、手でぱっぱっと外にやるような仕草をすると男はふんっと鼻を鳴らして三橋を睨んだ。

「なぁ三橋、戻ってこいよ」

「しつこいぞ」

と、その瞬間、目にも止まらぬ早さで、三橋の脇腹向かって右手の拳が向かってた。


ガンッ!!


優菜は一瞬何が起こったかわからず混乱する。

気付けば、三橋の右手と男の右手がクロスして、ギリギリと音を立てている。

「瞬発力は変わってねぇな」

「……」

三橋は無言で、男を睨みつける。アナコンダのような太い腕同士が、ギリギリと音を立ててその場に拮抗している。

そのような状態が数秒続いた後、男がやっと腕を解いて、ふぅと溜息をついた。

そのまま、ジャケットの裾を直して背後を向く。

「またくるぜえ」

男は、そのまま朱色のドアを開けて出て行った。

三橋はそのまま男の後ろ姿をジッと見ていたが、すぐにまた洗い場に戻って無言になった。

店内に、静寂が戻る。


金曜日の東京。それは愉快な街に染まる。

人工物の光が照らす空は、ずっと明るいままだ。

しかし、どうだろう。この町を作る一人一人の人間模様は、どこかドス黒く、暗いようだ。

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ラーメン屋トウキョー 夏場 @ito18

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