第6話 八咫烏

冷え込んだ東京の夜空は、ただいま雨模様。その細道にあるその店には、一触即発の空気が流れている。

アロハシャツの男は、指をぽきぽきと鳴らしながら三橋に近づく。

「おい、三橋。今生さんもあんまり暴力的なことは好まない人なんだ。おとなしく来いよ」

そう言って、カウンターからまた一歩三橋に近づこうとするアロハを田上は右手で制止する。禁止テープを張るようにつきだれたその手に、アロハシャツは顔をしかめた。

「なんだ、お前」

「それはこっちのセリフだ」

アロハ男は、ふぅっと息をついた後、今生と呼ばれるスキンヘッドの男を見た。

「今生さん、こいつ先にやっちゃっていいですか?」

「あぁ好きにしろ」

男は、田上をジロっと凝視した次の瞬間、右手を田上の顎下目掛けてフックした。

「きゃああああっ」

優菜の叫び声と共に、田上は、それを華麗にかわして、2歩後ろに引く。

「行儀が悪いな。挨拶を知らないのか?」

「生まれてこのかた、習ったことねぇよ」

アロハシャツは、堰を切ったかのように田上に殴りかかる。右手、左手、顔面目掛けて拳を空に裂く。

「ちょっと、ちょっとなんですかこれ」

優菜は隅の方で怯えながら、震えている。田上と男はお構いなしに、やりあっている。


ブンブンッ


拳がくうを裂く男が響く。アロハシャツが男の一動作で揺れて、肌が見える。

「おいおいおい、避けてばかりじゃどうしようもねぇだろうがよ!」

男は、ケヒヒヒと笑いながらこのやりとり自体を楽しんでいるかのようだ。狭い店内で大人の男二人がやりあっている光景は奇妙だった。

男の左ストレートが田上の左頬を少しかすめた次の瞬間、スッと田上の左フックは男の右頬を殴った。

「グっ」

鈍い音がして男がそこで呻き倒れこんだ。

「いってぇええ。ちくちょう!誰だよてめぇは!素人じゃねぇな!」

「当たり前だろ」

田上はいたって冷静な口調で、床に這いつくばって痛みに悶える男を見下すかのように言う。

スキンヘッドの男は、アロハシャツの男に言う。

「おい、なにしてんだてめぇ」

「今生さん!すみません」

「使えねぇゴミが」

そのまま、スキンヘッド男は優菜の方に目をやった。思わず優菜は身体をこわばらす。

「おい女、三橋がお前を大事にしてるっぽいのはわかったわ」

スキンヘッド男が優菜に瞬間的に近づこうとするのを田上はすかさず横に入った。

「女の子に手出そうなんて、つくづく感心できない野郎だな」

スキンヘッドの右手は次の瞬間には田上の脇腹に肘つきをした。明らかにパワーがあるそれに田上も瞬間的に避ける。

「おう、やるじゃん」

男がブンブンっと無言で拳を振り下ろしていく姿は、アメリカ映画に出てくる暴力的なフランケンシュタインのようだ。

田上も、一瞬の隙を探すように、一歩二歩とどんどん後ろに追いやられていく。

男がカウンター席を壁に蹴った。


バコンッ!


「物が多い店だな」

田上は、壁に背が付きそうになったところで、男の腹めがけてタックルを入れた。男は一瞬よろけたが、その状態で田上の腹目掛けておもっいきりパンチを繰り出した。

「グッ」

「はは、さすがに効くよな」

男は次に田上の右肩目掛けて拳の力強く振る。田上は痛みを悶えるかのような表情で、一瞬腰を下ろした。

「もうダウンかよ」

男が続いて思いっきり田上の顔面めがサッカーボールを蹴るかのように、勢いつけた時に田上はその左足をもった。

「……!」

「ラグビー部出身なんだ、俺」

男は姿勢を崩してよろめく。

「ちょっと気絶してもらうよ」

田上はそのわずかの間に、スキンヘッド男の後ろ首めがけて力強いチョップを入れた。

男は気を失ったかのようについに倒れこんだ。


ドスンッ


田上は、アロハシャツ男を見る。

「誰の命令だ」

「は?」

「とぼけるな。命令を受けたんだろ」

「知らねぇよ!俺はただ、今生さんがこいって言うから」

「……質問を変える。お前はどこの組織だ」

「それを言ったら、俺が殺される」

「じゃあここで死んでもらってもいいんだぜ」

田上がもう一度睨みを利かすと男は、目線を下げた。まだ、口を少しまごつかせてる男に田上は言う。

「答えろ」

「……八咫烏」

「なるほど、な」

田上は一人呟いてから、

「はやく連れてけ。もう二度とくるな」

とアロハシャツの男に言った。男は若干の怯えと悔しそうな表情で田上を見たのち、スキンヘッド男を背負って店内を出る。

朱色の重々しいドアが閉まって、ついに店に静寂が戻った。

惨劇をずっと見ていた優菜は腰が抜けて動けないか、なんなら少し泣いている。

ここで、店内で行われる惨劇に気づかないようにただ洗い物をしていた三橋がついに口を開いた。

「優菜、ここやめるか?」

いつになく、そう淡々と言った。優菜は下を向いたのち、すぐに顔をあげる。

「いや、やめません」

小さな子供が泣くのを我慢するかのように口を結んだように言った。

「ここでやめたら兄の真相がわからないから」

その言葉に、田上がハッとしたような表情で三橋を見る。

「三橋さん、この子って……」

三橋は無言のまま、また洗い物に戻った。優菜は、よし、と気合を入れ直すかのような表情で、散らかった椅子などを元に戻している。


東京の細道にあるラーメン屋。ここは東京のすべてが知れるという。しかし、それは都合のいい真実ばかりでもないらしい。

雨は今にも止みそうだったが、まだその名残を惜しむようにぽつぽつと降っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る