第19話 お面

「桜の花びら?」


季節外れの桜を不思議そうに眺める子供。どうしてこんな季節に?桜は春に咲くんじゃなかったっけ?と考える。


あまりの美しさに見惚れて妖魔の存在を忘れていた。妖魔が襲いかかってきたとき母親に抱きつき目を閉じていたので桜が現れた瞬間ま妖魔が倒された所も見ていない。


見える範囲全てをくまなく目を凝らしてみたが妖魔がどこにも見当たらない。一体どこに消えたのかと考えるも子供の頭では到底思いつかない。


考えてもわからないのなら仕方ないと諦め母親を瓦礫の下から助けだす作業を再開する。


少しずつ瓦礫をどかしているとぬるっと変な感触があり、一気に体から血の気が引いた。


「嫌だ嫌だ嫌だ!嘘だ!絶対違う!死なないでお母さん!返事してよ!お願い僕を一人にしないでよ!」


自分の手についたのが母親の血だとわかると急いで瓦礫をどかしていく。子供の爪が割れ血がでているのも気にせず発狂しながら助けだそうとする。


だが、子供ができたのはあまり重くない瓦礫をどかすくらいだった。大人が五人がかりでやっとどかすことができる瓦礫はどうすることもできない。


手の爪全て剥がれ血塗れになりながらお母さんと何度も呼びかけ助けようとする。


これ以上すれば少年の指が危ない。そんなとき「どうかしたのか」と少年に誰かが声をかける。


いきなり声をかけられビクッとなる。また妖魔かもしれないと思い恐る恐る振り返る。そこにいたのは、人間か妖魔かわからないお面を被った人が立っていた。


お面は左目が桜になっていた。 


お面は子供が何も言わないので不思議に思いながらゆっくりと近づいていくと「来るな!こっちに来るな!あっちに行け!」と叫ぶ。


母親に近づけないように石をお面に向かって投げる。


「(後ろに誰かいるのか)」


子供が誰かを守るような動きをしているのをみてそう思う。子供の後ろに誰がいるのか目を凝らしてみると、瓦礫の下から血塗れの左手がみえた。


誰かが瓦礫の下敷きになっているとわかると一瞬で子供のところまで移動して瓦礫をどがそうとする。


「やめろ!殺すな!」


子供はお面を止めようと殴りかかるがその前にお面が瓦礫をどかして母親を助けだす。瓦礫がなくなったのでお面を殴ろうとしたのをやめ、母親の傍に駆け寄る。


「お母さん。よかった。もう大丈夫だから。あいつらはいつの間にか消えたし。僕達は助かったんだよ」


血だらけでもう息もしていない母親にもう大丈夫と必死に話しかける。


「もう、その人は死んでいる」


これ以上はみていられない。そう思ったお面は子供にそう告げる。


「黙れ!お母さんは死んでない!生きてるんだ!適当なことを言うな!お前なんかあっちに行け!」


近くにあった小石を投げつけ、母親が死んだと残酷なことを言うお面に怒鳴る子供。


でも、本当は子供もわかっていた。頭から大量の血が流れ体温は冷たく息もしていない。母親は死んでいるのだと。


わかっていても受け入れることができず、お面に八つ当たりをすることで何とか誤魔化そうとするしかなかった。


「なら、このままにしておくのか」


お面の言葉に子供は顔をそらし唇を噛み締める。冷たい口調だが母親のことを気にかけているのはわかる。


「大切な人ならきちんと埋葬してあげなさい。大切ならちゃんと向き合いなさい」


子供は一言も発さず目からポロポロと大粒の涙を流す。その姿が大切な人を守ることすらできない自分の無力に苛立っているようにお面にはみえた。


そんな子供に同情したのか膝をつき子供の目線に合わせ慰めの言葉をかける。


「君は何も悪くない。悪いのは君ではない。自分を責めるのはやめなさい」


それでも自分を責めるのをやめない子供。拳を強く握りしめ唇を強く噛む。そのせいで、唇と掌から血がでていた。


「辛くても君は生きないといけない。その人が大切なら君はその人の分まで生きなさい」


「何のために生きないといけない。これからどうやって生きていけばいい。僕にはもう誰もいない。一人でどうしろと。もう、僕には生きている意味がない」


もう全てを諦め自暴自棄に陥る子供。母親を埋葬したら自殺しようと考えている。


「何のためにか、それは人それぞれだろう。生きる意味なんて人によって違う。でも、人は自分を愛してくれた人のために生きるものじゃないかな」


その言葉にハッとしたようにお面をみる。それは昔母親に言われた言葉だった。


「君が死にたいと思うのならそうすればいい。私に止める権利はない。それは君の自由だ。ただし、これだけは言っておこう。君の母親は君が死んで喜ぶと思うか。そう思うのなら好きにしなさい」


「そんなこと思うはずがない。お母さんは誰よりも僕の幸せを望んでいる。わかってる。本当はお母さんがそんなこと望んでないなんて僕が誰よりもわかってる。でも、もうどうしようもないじゃないか。これからどすればいいかわからない。僕はもう一人なんだ。一人は嫌なんだ」


子供は母親と二人で暮らしていた。父親は若い女と暮らすため自分達を捨ててどこかにいった。父親に頼ることなんてできないし死んでもそんなことをしたくない。


町の連中も同じで頼りたくない。


彼らは母親が捨てられたと知り面白おかしく噂を流した。心配するフリをして内心嘲笑っていたのだ。


よく母親は「昔はこの町はとてもいい町だった。人も優しく温かった。舞桜様がいた頃は本当に幸せだった」と自分が生まれる前のことをよく話してくれた。


当主が変わりこの町は変わった。金を持っている人達がやりたい放題している。自分達のような身分の低い人間には何もできない。逆らったら生きていけなくなる。


もう自分を助けてくれる人はいない。母親が生きてさえいればこんなこと思わなかった。子供は死にたくて死を選んだのではない。生き地獄か死か二つしか選択肢がなかったのだ。


「なら、私のところに来なさい。君の生きる理由になることはできないが生きるすべを教えよう。君は死んではいけない。例え辛くても生きなければならない。残されたものは死んだものの意志を受け継ぎ生きていかないといけない。どんな苦しくても自分を愛してくれた人を裏切るような行為をしてはだめだ。それが生きているものの務めであり恩返しでもある」


子供の頭に手を置き優しく撫でる。


子供はお面の言葉に母親と過ごした日々を思い出す。どんなに辛く苦しくても母親といたときは子供にとってとても幸せで大切な瞬間だった。


母親と過ごした幸せは二度と訪れないけど、子供は男に言われ目が覚めた。もう二度この命を諦めない。自分を愛してくれた母親の想いを二度と裏切らない。


子供はお面の元でこの命が尽きるまで生きていくことに決めた。


「不束者ですがよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく」





「ありがとうございます」


母親の霊がお面に頭を下げ泣いてお礼を伝える。


「この子は私が必ず守ります。どうか安心してください」


お面の言葉を聞き安心した母親の霊は消えあの世と旅立つ。

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