第18話 桜の花びら

「なんだと!それは本当に竜胆丸なのか」


使用人の報告を聞いて怒りで火照っていた体が一瞬で冷める。竜胆丸の等級は凶だが魔に近い凶。


信近では歯が立たない。


「お父様、私達は大丈夫ですよね」


「あなた大丈夫よね」


寧々た末姫が縋るように尋ねる。


そんな二人に何も言えない信近。例え桐花家の力を使った所で自分に与えられた力はほんの少しなので竜胆丸を倒すほどの力はない。


そもそも、信近は桐花家の本当の当主ではない。未桜が当主になるまでの代理としてその座についただけ。力も一時的なもの。


生まれもった陰陽師としての力はない。信近が今使える力は歴代の桐花家当主が未来の当主のために残した力。


その力は本来未桜のもの。そのため、信近はその力の全てを使うことはできない。


未桜が使うのと信近が使うのでは、天と地ほどの圧倒的な差がある。


今すぐこの力を未桜に渡せばこの町も人も大勢助かるが、この人達にそんな考えはなかった。


「(竜胆丸がいるなら勝ち目はない。今すぐここから逃げるしかない。町の奴等を餌に出来る間に二人を連れてその間に逃げるしか)」


頭の中でどうすればいいか考え終わると、使用人に指示を出す。


「戦闘の準備をしろ。俺は武器をとりに行く。お前は先に行って皆に指示をだせ。急げ、町の住民達を一つの箇所に避難させろ」


「はっ」


使用人は急いで門下生達に信近の指示を伝えにいく。


信近も部屋から出ていく。寧々と末姫は信近の後を追うようについていく。


皆、信近が戦うから大丈夫だと安心したが、未桜だけはわかっていた。


信近は戦わないと。町の人達を見捨ててこの場から逃げると。信近がそういう人間だと知っていた。


「お願い。誰か皆を守って。この町を救って」


そう最後に呟くと誰もいない部屋で未桜は意識を失った。




「きゃあーーー、誰か助けて」


「どけ!さっさとそこどけ!」


町の人達が妖魔を見て一斉に逃げ出す。悲鳴が町中のいたるところから上がる。


早く桐花家に助けを求めようと走るも呆気なく妖魔達に殺される。


「まだ桐花家は来ないの。どうしてよ!誰でもいいから早く助けて!」


女性が助けを求めるも妖魔に見つかり殺されてしまう。


血の匂いが町中に充満する。


建物の下敷きとなり死んだもの、妖魔に殺されたもの、大切な人が殺されて泣き叫ぶもの。


一瞬でこの町は地獄絵図と化した。



「お願い、誰か助けて」


生まれたばかりの赤ん坊を抱えた女性が縋るように呟いたとき、季節外れの桜の花びらが女性と妖魔の周りを舞い落ちる。


「桜が何故急に?」


桜に触れると霊力を感じ警戒するように周囲を見渡す。


妖魔がこちらに誰かが近づいてくる気配を感じ「誰だお前は」と叫んだ瞬間妖魔の首が地面に落ちた。


「は?何が起きた」


そう言うと妖魔は塵となって跡形もなく消える。


「もう、大丈夫ですよ」


妖魔に襲われていた親子に声をかけて他のところへ向かう。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


桜の花びらで姿がよく見えず小さくなっていく背中に大声で感謝の言葉を言う。


赤ん坊を抱きしめ泣きながら生き残れたことを喜ぶ。




「桐花家はまだ来ないの」


「信近様はどこにいるんだ」


「門下生達は何をしている」


「寧々様は一体どこにいらっしゃる」


「誰でもいいから何とかしてよ」


「誰か助けて」


町中のいたるところから助けを求める声が響きわたる。



「お母さん、あ母さん。起きて!目を開けて!」


子供が必死に母親に声をかける。母親は妖魔の攻撃で建物の下敷きならなって即死した。


子供は必死に母親を助けだそうとするが、子供の力では瓦礫を持ち上げることができない。それでも諦めずにそうしていると三体のの妖魔が子供の存在に気づき近づく。


「来るな!こっちに来るな!あっちにいけよ!」


子供も妖魔に気づき母親を守ろうとそこらへんにある石や瓦礫を投げる。


「ハハッ、その程度で我らが逃げ出すと思うちょるのか。哀れな」


涙を流し子供を哀れむ。


「震えちょるのか、かわええの」


震える体で必死に抵抗する子供を馬鹿にする。


「身の程を知らぬクソ餓鬼が」


子供の態度に腹を立て怒りをあらわにする。


妖魔達が一斉に子供に襲いかかる。だが、子供に攻撃が当たることはなかった。


妖魔達から子供を守るように桜の花びらが舞う。花びらがまたどことなくあらわれて一斉に妖魔達に襲いかかる。


妖魔達も必死に抵抗するも呆気なく桜の花びらに倒される。


「一体何者なんじゃ」


「クソクソクソ!どこのどいつだ!姿を見せろ!」


「誰なんだ。一体これほどの術を使える人間とは」


自分達を倒した相手が誰かわからず死んでいく。


桜の花びらは今町中を覆うように舞っていて一斉に妖魔達に襲いかかっていた。町の人達に被害が及ばないよう力加減をしているので、全ての妖魔を倒すことができなかった。


残った妖魔達は最初に比べて三分の一程度。


「この力は、まさか」


林道丸が町中を覆う桜の花びらを見て顔色が悪くなる。

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