第9話 桜の簪
自分の部屋に近づくと障子が空いていることに気づく。今朝部屋から出るときにちゃんと閉めたはずなのに。
不審に思った未桜は足音を立てないようにゆっくりと近づき部屋の中を覗くと、そこに義妹の寧々がいた。
「寧々。あなた私の部屋で何しているの」
勝手に自分の部屋に入った寧々に対して何をしていたのかと強めの口調で問う未桜。
「あら、お義姉様。どうしたのですか、そんな怖い顔をして」
いきなり後ろから声をかけられてビクッとするが、すぐに未桜だとわかると笑顔で話しかけてくる寧々。
「もう一度きくわ。ここで何をしているの」
「義妹が義姉に会いに来るのに理由が無いといけないのかしら」
自分は何も悪いことはしてないとそんな態度をとる寧々。
「それなら私に直接会いに来ればいいでしょう。勝手に人の部屋に入らないで」
人の部屋に勝手に入っただけでなく未桜の持ち物を漁っていた。流石にこれは許せず怒る。
「どうしてお義姉様にそんなことを言われないといけないの。そもそもお義姉様が私にそんなことを言う資格はないわ。だってそうでしょう。この家は全て私のものなのよ。この部屋だって私の家にあるのだから私のものでしょう」
さも当然のように言う寧々に呆れて何も言えなくなる未桜。
「そう。なら私も今度からあなたの部屋に勝手に入ることにするわ」
「は?何を言っているの。勝手に人の部屋に入るなんて、どういう神経しているの」
自分のことは棚に上げて未桜を怒鳴る。寧々の言葉に開いた口が塞がらない未桜。
「あなたにされたことをしようとしているだけよ」
「私が何をしたって言うのよ」
未桜の言っている意味が本当にわからない寧々。
「勝手に私の部屋に入ったでしょう」
「ここは私の家なのよ。私がどこに入ろうと私の勝手でしょう」
「だから、私もそうすると言っているの」
「そんなのいいわけないでしょう」
耳がキーンとなるくらいの高い声でいきなり叫ぶ寧々。
「どうしてあなたはいいのに私はだめなのかしら」
なんとなく寧々がこれから言おうとしていることがわかるがあえて言わそうとする未桜。
寧々が怒りを露わにするほど冷静になっていく。
「あなたがもうこの家の娘でなく使用人だからに決まっているでしょう」
予想していた通りのことを言う寧々につい苦笑いしてしまう未桜。完全に未桜のことを見下している。
「(あなた達は本当に何もわかっていないのね)」
桐花家という陰陽師の家系の歴史を知らない寧々達に同情してしまう未桜。
桐花の血を受け継ぐものでなければ本当の当主になることはできないというのに。
未桜が何も言わずにいると「(本当のことを言われて何も言い返せないのね。そうよ。これが私とあんたの本来の関係なのよ)」と自分の立場が上だと確信する寧々。
これ以上寧々と話しても意味が無いと思いさっさと部屋から出て行ってもらおうとすると、ふと机の上に目がいった。その瞬間目を大きく見開く。
「(ない!母上の形見の簪が。どうして)」
未桜の顔はどんどん青白くなっていく。今朝は確かにあったはずなのにどうしてと考えを巡らせていると今はここに寧々がいたんだったと。
「返して」
すぐに盗んだのが寧々だと確信する未桜。
「は?今なんて言ったの」
未桜の声が小さくて聞き取れなかった寧々。
「返して。返しなさい」
未桜の怒鳴り声を初めて聞いて驚いて背筋が伸びる寧々。
「何を返せっていうのよ」
言っている意味がわからないという態度をする寧々。
「簪よ。桜の花がついている。あれはあなたが触れていいものではない」
その言葉で寧々がさっと左手を隠した。手に何も持っていなかったので振りの中に隠しているのだと分かった。寧々に近づき左手首を掴む。
「痛い。何するの、離しなさいよ」
必死に未桜の手を振り外そうとするが力が強くて振り解けない。
寧々が手を振り外そうとしている隙に振りの中に手を入れて簪がないか探す。奥までいくと冷たい感触がしたのでそれを掴む。
掴んですぐに「(私の簪だ)」と確信する未桜。
振りから手を出して見てみると、間違いなかった。桜の花もついていた。どこにも傷はない、よかったと安堵する。
パチン。未桜の左頬に痛みが走る。いきなりのことで何が起きたのかわからなかったが、すぐに寧々が叩いたのだと理解した。
「返しなさい。それは私のよ」
もう一度未桜の頬叩く寧々。
「ふざけたことを言わないで。これは私のものよ。あなたのではないわ」
掴みかかろうとしてくる寧々をかわして部屋からでる。
バタンと後ろで大きな音がしたが振り返らず走る。話し合いで解決しようとしても信近や末姫が最後には出てきて簪を奪われるだろう。
そうなれば二度と自分の元に返ってこない。
すぐに寧々が誰かに言って簪を奪うように指示をするはずだ。そうなる前に急いで家を出る。
気づけば町に来ていた。どうしようかと思っていたら「あれま、未桜ちゃんじゃないか」と声をかけられる。
後ろから聞こえたので振り返ると昔からよくしてもらった団子屋のおじさんがいた。
「助おじさん」
「未桜ちゃん、新作の団子があるんじゃ。食べていき」
そう言って未桜の手を取り団子屋に歩き出すおじさん。未桜の顔を見て何かあったんじゃろうと。
「ありがとう」
何も聞かずにいてくれるおじさんに感謝する未桜。返事の変わりに微笑んでくる。
「あっ、でも私今手持ちがない」
慌てて部屋を出てきたためお金を持っていない。
「ふぉふぉふぉ、そんなことを気にせんでええよ。美味しく食べてくれるだけでええ」
「ありがとう、助おじさん」
助おじさんの優しさに救われる未桜。いつか自分もこんな大人になりたいと思う。
「チュン」
今朝未桜のところにきた鳥が白い桜の木の下にいる、ある男の肩に止まる。
その男は腰まである長い黒髪に白い着物に紅い羽織りを羽織っていた。
男が鳥の頭を撫でる。
「チュンチュン」
男に撫でられて嬉しそうになく鳥。
「よくやった。ありがとう」
鳥に礼を言う男。
その言葉を聞いて「チュン」と鳴いて光って消えた。
「ようやくあなたに会いに行ける」
男は未桜のことを思い出してそう呟く。
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