第8話 未桜の一日 午前
プシュー。
鍋の蓋がガタガタと音を立てて揺れる。急いで蓋を開けると中はボコボコと泡立っている。熱々のお味噌汁の完成だ。
あと少ししたら今日の当番の使用人達が来る。急いで三人分の朝餉を準備していく。
さっきできたばかりのご飯を茶碗によそおい、おかずの鮭と煮物を皿にいれていき今できたばかりのお味噌汁をついでいく。最後に漬物のきゅうりと大根をのせて終わり。
「今日も美味しそう。完璧ね」
自分で作った料理を見て満足する未桜。
ガラガラガラ。戸が開く音がした。その音で今日の朝餉を信近達の所まで運ぶ使用人達がきたのだと分かる未桜。
「おはようございます。準備はできているのでお願いします」
使用人達に挨拶をするが未桜の方を向くこともせず料理を運んでいく。
使用人達に挨拶されなくても全く気にしていない未桜。いつものことだ。もう慣れた。
毎日挨拶しても無視されるならしなければいいのではと思うが、舞桜の教えで「人に会ったら挨拶はきちんとしなさい。例え相手がしてくれなくてもしなさい」と。
その教えを守るため未桜は毎日挨拶をする。
三人の朝餉の準備は終わったが、今から急いで使用人達の朝餉の準備をしないといけない。
三人のに比べたら質素で簡単だが、四十人以上いる使用人の朝餉の準備を一人でやらないといけないので、ある意味こっちの方が大変だ。
ご飯とお味噌汁は早く入れると冷めるので一番最後につぐ。最初に漬物の準備からしていく。次に煮物を小鉢についでいく。その次にご飯。最後に味噌汁をついでいく。
全ての人の準備が終わる頃に使用人達がやってきて自分の分のご飯をとってさっさとでていく。
「おはようございます」
元気に挨拶するが誰も未桜に挨拶を返さない。
全員分の料理がなくなったら、ようやく自分の朝餉の準備をする。未桜の食事は使用人と大差ない。酷い時は使用人達より質素になる。今日は久しぶりに使用人達と全く同じご飯だ。
「いただきます」
美味しい。自分で作ったご飯だが上手にできている。朝餉は一日をしっかり過ごすための大切な食事。しっかり食べないと倒れてしまう。
未桜の一日の仕事量は一人で行うにはきつい。
今はもう慣れたがそれでもきついときもある。だから朝はたくさん食べると決めている。
たくさん食べてたくさん動く。毎日をそう過ごしていくうちに、未桜の体はいつの間にか病なんかに負けないくらい健康な体になっていた。
「ご馳走様でした」
食材に感謝する意味を込めて終わりの挨拶をする。
今日もたくさん食べた。
信近達と使用人達の食器が運ばれてくる前に料理道具を片付けていこうと洗い物をする。それが終わる頃に信近達と使用人達の食器が下げられてくるので自分の分と一緒に片付けていく。
それが終わると昼餉の準備に取り掛かる。米を洗い後は炊くだけにし、お味噌汁も朝と違う具材で作り、おがすは天ぷらにするつもりなので後からやろうと考える。
だいたいのことは終わったので、一息つこうとお茶を淹れる。
フーと深く息を吐く。朝から動き回ってようやくの休憩。一人で四十人以上のご飯を作るのはもう慣れたとしても少し疲れてしまう。
元々未桜は料理は好きだし得意だったので誰も手伝ってくれなくても平気だった。
舞桜が生きていた時は昔の使用人達に料理を教えてもらい皆に食べてもらっていた。
皆は「美味しい」と未桜の料理を口にたくさん詰めて褒めてくれた。未桜はその言葉が嬉しくてその日の夕餉から毎日料理を手伝うようになった。
未桜が料理を手伝うようになったのは少しでも皆の力になりたいと思ったのがはじまりだった。
陰陽師二代名家の娘として生まれたのにもかかわらず才能はなかった。
それでもいいと言ってくる舞桜。お嬢様はいるだけでいいのです、と言う使用人達。その言葉に未桜は救われたたが、同時に自分は皆の役には立てない存在だと思い知らされた。
何の才能もない自分を好きだと言ってくれる人達に何か自分もしたい。自分も皆のことが好きだから。そんな思いから料理を作るようなった。
信近に食べて欲しいと思い料理を運んだが一口も食べてもらえなかった。めげずに何回も運んだが食べてもらえず、しまいには「私はお前が作ったものは絶対食べない」と言われ、その日から信近に料理を運ぶのをやめた。
十一年前から未桜が料理を作っているこたを信近は知らない。使用人達が作っていると思っている。
舞桜が死んでから十二年、そこから未桜が今までどうやって生きてきたか信近は一切知らない。そんな信近が今まで食べていた料理を未桜が作っていると知ったら使用人達を殺してしまうだろう。
それほど、信近は未桜の存在を疎ましく思っている。
だが、信近が未桜を殺すことはない。正確には殺すことができない。
休憩を終え昼餉の準備に取り掛かる。
米を炊き、お味噌汁を温め、天ぷらを揚げていく。青じそ、蓮根、かぼちゃ、茄子、白身魚等を揚げていく。
三人の準備が終わると使用人達が料理を運んでいく。そのあとは朝と同じで使用人達の昼餉の準備に取り掛かる。昼餉は白ご飯とお味噌汁と漬物だけなので朝に比べると楽だった。
昼餉が終わると夕餉の買い物に行かないと行けない。寧々が夕餉は豪華な食事じゃないと嫌だと言うので作るのがいつも大変で毎日買い出ししないといけなかった。
町に行く前に食器を洗い、それから洗濯をして裏庭に干していく。
シワにならないようパンパンと叩いてから干していく。全部一人でやるので結構な時間がかかる。これが終わらないと買い出しに行けないので素早く済ませる。
全部終わると一度自分の部屋に戻って買い出しにいく準備をしようとする。
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