第7話 予感

未桜の朝は誰よりも早くはじまる。使用人よりも早く起きて身支度を済ませ朝餉の準備をする。


そんなことを跡取りの未桜がする必要などないのだが、十一年前からそれがは当たり前のこととなった。

 



陰陽連二代名家の一つ桐花家に生まれた一人娘桐花未桜。


未桜は唯一の跡取りといこともあり、それはそれは大事に育てられた。皆未桜の力がどれほど強いのか期待していたが、五歳になっても大した力は見られず陰陽師として才能は無いと言わざるを得なかった。


信近は未桜に陰陽師としての才能が無いとわかった瞬間から未桜を無能だと言って大事にしなくなった。名家の家に生まれたくせに役立たずと。


だが、舞桜は違った。例え未桜に才能が有ろうが無かろうがどうでも良かった。舞桜にとって未桜は自分の命を捨ててでも守りたい大切な存在。


未桜のことが可愛くて可愛くて仕方がなかった。


ただ、健やかに育ってくれれば良かった。幸せな日々を過ごして欲しかった。


舞桜が未桜に願ったことはただそれだけだった。




十二年前のある日、舞桜がこの世をさり信近が仮の当主になったことをきっかけに全てが狂ってしまった。


半年後には信近の母で未桜の祖母の梅子もこの世を去る。梅子は死ぬ間際まで未桜を守ろうと必死に信近を説得しようとしたが、信近はそれを聞き入れず無駄に終わる。


梅子は自分はもう年だから死ぬのは仕方ないと考えていたが、信近を止められなかったこと未桜を守らなかったことを悔いながら死んだ。

 

その半年後に信近は末姫という女性と勝手に再婚する。これには未桜も使用人達も激怒したが桐花家の力を使って黙らした。


本来その力は民を守るため桐花家を守るために使われるべきものなのに、それを無視して信近は己の欲のみにその力を使った。



信近と末姫の関係は舞桜と結婚した三年後からはじまっていた。二人の間には寧々という娘が生まれていた。

 

流石にこれは酷いとあんまりだと舞桜に悪いと思わないのかと使用人達は信近に詰め寄ったが全く相手にせず、それどころかまた桐花家の力を使い今度は使用人達に大怪我を負わした。


本来なら桐花家の血を引いていない信近に使えるはずはないが舞桜が死んだことでその力が信近に少し与えられた。


未桜が当主になり儀式を行えば信近に与えられた力は全て消えるが使用人達を殺されたくなければ儀式をするなと脅してきた。


未桜はそれを承諾した。


儀式には最低でも一週間はかかる。もし儀式

を行っても信近から力を奪うのは最低でも一週間はかかるということ。


その間に信近が怒り狂ってどれだけの人の命を奪ってしまうかもわからない。罪の無い人達を犠牲にしてまで儀式を行うことなど未桜にはできなかった。


これ以上舞桜や梅子みたいに理不尽に殺されていく人を出さないために自分を犠牲にして守っていくことを決める。


信近に大切な人を二度殺させないため、使用人達を桐花家から追い出すことにした。


使用人達は未桜を守るため「残る」と言ったが「このままでは、私はまた誰も守ることができない。大切な人が殺されそうになっても私はそれを止めることも助けることもできない。だからどうか、お願いです。この家からこの町から逃げてください」頭を下げお願いする未桜。


それでも使用人達はここに残ろうとするが未桜の意志は変わらず最終的にそれに従うことにした。


本当は使用人達もわかっていた。自分達がここに残れば未桜の弱点になると。自分達のせいで未桜が傷つくと。


使用人達は何もできない自分達に酷く失望した。自分達が大変なときは桐花家にたくさん助けてもらったのに、桐花家が大変な目にあったら自分達は何もできない。恩を返すこともできない。


歯を食いしばり拳を強く握りしめ己の不甲斐さに未桜の顔を見ることができないでいる。


「皆さん。また必ず会いましょう」


未桜の目は強く希望を捨てていなかった。


未桜は生きてさえいればまた会えると信じていた。何年かかっても必ず元通りにすると誓った。


使用人達は未桜のことが心配だったが町をでて違う町で生きていくことを決めた。



 

使用人達がでて行った次の日に新しい使用人達が桐花家にやってきた。


そこから未桜の人生は地獄へと変わっていった。

 

末姫と寧々からの執拗な嫌がらせを受ける日々。


使用人達も二人に倣うようにして未桜に嫌がらせをしてくるようになった。機嫌が悪い日は蹴ったり殴ったりする。そのせいで未桜の体には無数のあざができていく。


それだけでは飽き足らず使用人達は、自分達の仕事をほとんど未桜に押しつけ金だけをもらうようになっていった。


このことは、信近だけでなく末姫や寧々を知らなかった。


それもそのはず。信近は未桜の存在をいない者として扱っていた。


自分の娘は寧々だけだと。未桜という名の娘など生まれていなかった。


そのせいで、未桜は義母の末姫、義妹寧々、使用人達から嫌がらせされ扱いは下民同等という立場にさせられた。


もしくはそれ以下の扱いを受けた。

 

未桜はそんな扱いを受けても毎日一生懸命生きた。


悲しくなかったわけではない。辛くなかったわけではない。毎日が苦しくて逃げ出したかった。


それでも逃げなかったのは夢があったから。


舞桜が生きていたときの活気に溢れた町を、人々の笑顔に溢れた町を取り戻したかったから。


昔の使用人達をこの町に呼び戻したかったから。


そのために、今までずっと耐えてきた。必ず全て取り戻してみせる。そう心に誓ったあの日から未桜はこれまでずっと一人で戦っていた。

 



今日もまたいつもと変わらない一日がはじまる。でも何かが変わる気が、そんな予感がした。それが何かはわからない。

 

鳥が冬の桜を届けてくれたからか、久しぶりに舞桜を思い出せたからか。うまく説明はできないが、ただ何となくそう思った未桜。

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