第6話 桜鳥



目を開けると見慣れた天井が目に入る。目が覚めてからしばらくボーッと天井を眺める。

 

あれは昔の記憶なのか。それとも自分に都合の良い夢だったのかと考える。

 

考えても仕方ないと布団からでようとすると自分の手に水が落ちてくる。


ポタッ、ポタッと手の上がどんどん濡れていく。そこで、初めて自分が泣いていることに気がついた。


「母上」


今にも消えてしまいそうな声で呟く未桜。

 

自分の体を強く抱き締めてうずくまり、少しの間静かに涙を流していた。その背中は震え、触れれば跡形もなく消えてしまいそうなくらい儚かった。




チュン、チュン。鳥の鳴き声が未桜の耳に届く。チュン、チュン。また、聞こえる。


何故か鳥の鳴き声が自分を呼んでいる気がした。布団からでて障子を開けると鳥が未桜に向かって飛んでくる。


「(何かがこっちにくる。あれは鳥か。ん?口に何かくわえて…)」


目を凝らして見ると、細長い棒みたいな形をしているのをくわえているのがわかる。あの鳥が鳴いていたのだろうか。もしそうなら、棒をくわえたままでどうやって鳴いたのかと不思議に思う未桜。


「チュン」


未桜の元まで来て鳴いて挨拶をする鳥。


「(こんな色した鳥なんて初めて見る。綺麗ね)」


未桜は鳥を優しく撫でる。未桜に撫でられるのは気持ちがいいのか幸せそうな顔をする鳥。


その鳥は手の平におさまるくらいの大きさで全体が桜色で羽の先と瞳の色が緑色になっていた。


「チュン(ありがとう)」


未桜に俺を言う鳥。


「どういたしまして」


「チュン」


もう一度鳴く鳥。今度は「手を私の前にだして」という意味で。

 

鳥の言葉など未桜にはわからないが、この鳥の言葉だけはなんとなくわかる気がする。

 

両手を鳥の前にだす。鳥が未桜の手にくわえていたものを置く。鳥が未桜の手においたのは白い桜が少し咲いている木の枝だった。


「(桜の花だ)」


二月になったばかりなのにもう桜の花が咲いているなんて。噂で冬にも咲く桜の木があると聞いていたが見たのは初めてだった。


「これを私に」


「チュン」


そうだと言わばりに今日一番の大きな声で鳴く鳥。


「ありがとう。大事にするわ」


白い桜の花を大切に抱え、鳥にお礼を言う未桜。未桜がそう言うと、鳥は嬉しそうに未桜の回りを飛び回り「チュン」と鳴いて空へと向かって高く飛んでいった。




部屋と戻り桜の木の枝を花瓶に挿し机の上に置く。早咲き桜で昔のことを思い出す未桜。あれは、自分が十二歳の年の春の日。


「ねぇ、未桜。冬にも咲く桜があるのは知ってる」


舞桜が二人で花見をしに桜を見にきて暫く経った頃、二人して桜を眺めていたらふと未桜にそう尋ねた。


「冬に咲く桜ですか。初めて聞きました。そんな桜があるのですか」


どんな桜なのか見てみたいと興奮した様子で舞桜に問う。


「ええ、春に咲く桜とはまた違った冬ならではの美しい桜よ」


未桜の頭を撫でながら言う舞桜。


「母上は見たことあるのですか」


「ええ。今年はもう見れないけど来年の冬一緒に見に行く?」

未桜が冬の桜を見たいことが目を見ればわかる。返事などわかりきっているがそう尋ねる舞桜。


「行きます。ありがとうございます。母上」


「今から冬何楽しみね」


「はい。こんなに冬が待ち遠しいのは初めてです。早く冬になって欲しいです」




結局、来年の冬の桜を見ることは叶わなかった。体調を崩しそのまま舞桜は桜の蕾ができはじめた頃に亡くなった。

 

十二年経った今、木の枝だが冬の桜を見ることができるとは。


未桜の記憶だとこの近くに冬に咲く桜の木はなかったはずだ。一生見ることはできないと思っていたが、あの鳥のおかげで見ることができた。


だけど、どうしてそんな珍しい桜の木の枝を自分にくれたのか謎だが物凄く嬉しかった。花が散るのはあっという間かもしれないが、少しの間この桜が未桜の心を癒してくれるだろう。


「おはようございます、母上。今日も一日頑張ります」


身支度を簡単に済ませて舞桜に朝の挨拶をする。


四年前から舞桜の顔をだんだん思い出せなくなっていたが、夢の中であったから久しぶりに舞桜の顔を浮かべながら挨拶することができた。そのおかげで未桜は久しぶりに心が満たされた。

 

遺灰は信近のせいでどこに埋めたのかわからない。唯一の舞桜の遺品である桜の簪を抱き締めて舞桜のことを思い出し、天にいるであろう舞桜に向かって話しかける。


未桜は毎日舞桜が死んでからずっとそうしていた。そうしないと、未桜の心が壊れてしまうから。これはただの挨拶ではなく未桜自身の誓いであり戒めだった。

 

それだけが唯一未桜の心をこれ以上壊さないためのものだった。

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