第2話 プロローグ 2

「お客さん、つきやしたぜ」


担ぎ手の一人が未桜に声をかける。差し出された手を掴み駕籠から降りる未桜。


「ありがとうございます」


頭を下げて担ぎ手の男達にお礼を言う。


「では、自分らはこれで」


そう言って去っていく担ぎ手の人達と別れる。


 指定された場所まで、まだ距離はあるがここから先は乗り物禁止なので歩いていくしかない。この町には初めて来たので何処に何があるか分からない。人に尋ねようと地元の人に声をかけようとするが、誰に声をかけるべきか悩んでしまう。


そう思っていると前から少年がこっちに近づいて来るのが見えた。


「すいません。あの…桐花…未桜…さんですか」


走って未桜のところまで来たので息切れしている少年。


少年の口から自分の名前がいきなり出てきたのに少し驚くが、もしかして結婚相手の人が使いに出した子かなのかと考え納得する。


「えぇ、そうよ。私に何か用かしら」


少年の目線までしゃがみこむ美桜。認めると間違えなかったことによかったとホッとする少年。


「はい。私は若桜家当主の命で未桜様をお迎えに参りました。四堂楓と申します」


名を名乗る楓。楓は近くで見ると以外と体格がよかった。背は小さいが。遠目で見たときは細く見えたので少し大丈夫なのかと心配していたが、そうじゃなかったので安心した。


「お荷物をお持ちいたします」


こちらに、と手を差し出してくる楓に「ありがとう。でも、大丈夫よ」と言う。


荷物といってもたいした量では無い。これくらい自分で持てるし大丈夫だと。そう思って断る未桜。


「いけません。それは、私の仕事でございます。それに、奥様に荷物を持たせたまま歩かせたとなると、私が旦那様に怒られてしまいます」


今にも泣き出しそうな勢いで必死に懇願されるので「じゃあ、お願いね」と渡す。自分は慣れているから大丈夫だが、楓には重く無いだろうかと心配する未桜。


「はい。お任せください」


さっきまでの顔とは打って変わり、嬉しそうに笑う楓。


楓が問題なく歩くので大丈夫そうだなと、安心する。


「ありがとう」


こんなに嬉しそうならいいかと思いはじめる。小さい頃の事を思い出し、あの人も楓と同じように「お嬢様。私がお持ちします」とよく荷物を持ってくれたなと懐かしくなる。十年以上会っていない大切な人達を思い出して、今は幸せ過ごしているか心配する。 


「では、奥様参りましょう」


「えぇ、よろしくね」



「(あれ、そういえばさっきから何故楓は私のことを奥様と呼ぶのかしら)」


しばらく町の中を歩いていると、ふと楓がそう言っていたのを思い出し疑問に思う。どうしてか、気になり聞こうと思い口を開こうとするが、その前に「つきました」と楓が言う。


もうついたのか、と楓から屋敷へと目線を移動させる未桜。


さすが、若桜家。立派な屋敷だと感心する。


二年前に二代名家、桐花家と九条家に匹敵するのではと言われていて近いうちに、その名が並ぶのではと噂されていた。そして半年前にその力を認められ、今では桐花家、九条家、そして若桜家を陰陽師の頂点との名家として御三家と日本中の人に言われるようになった。


四百年の歴史を変えた人だ。そんな人が住む屋敷だから立派で当たり前だが、桐花家より大きく立派で驚く未桜。


だが、それもそのはず。四百年前とは違い建物を建てる技術は格段に上がっている。それに、新しく認められた名家が自分達の町に住むとなれば大工さん達の気合いも入る。立派すぎる屋敷が立つのも当然だ。屋敷の中を楓と歩きながら一人納得する。


「この部屋でお待ち下さい」と楓に案内された部屋で、お茶を飲んで心を落ち着かせる。


昨日のことを思い出し、たった一日で日常がまた変わったなと思う未桜。母親が亡くなって、一日で全てが変わると知っていたがまた体験するとは思ってもみなかった。


今日知らない男と結婚する。会ったこともない、どんな人なのかも知らない。それでも、未桜は相手の人と一生を共に過ごす覚悟をしてこの町に来た。


相手がどんな人かは自分の目で確かめないとわからないが、寧々と末姫が教えてくれたことでこの人を支えようと誓っていた。


相手の方は妖物との闘いで全身を火傷し包帯を巻いているらしい。町の人達には化け物と恐れられているとか。二人はそんな人との結婚なんてと馬鹿にしていたが、未桜は違った。そんな人と結婚できるなんて光栄だと。


未桜は生まれた家が名家なため、陰陽師がどれほど危険かを知っていた。自らの命を顧みず他人を守ろうとする姿をずっと見ていた。自分にはできないことだと。


相手が必ずそんな人かはわからないが、もしかしたら逃げようとして運良く助かっただけの人かもしれないが、何故か未桜は相手の方は立派な人だと確信していた。


正直にいうと結婚するならこんな人がいいなという理想があった。お互いを想いやり、尊重できる関係。心が通じあえる人。この人となら苦しくても一緒に乗り越えていきたいと思える人。生涯を共に過ごし愛し合える人。


今となっては叶うことのない夢だが、これから結婚する相手の方とそうなっていけたらなと思う。出会い方はどうであれ少しずつ心が通じあえればいいなと。



トントントン。足音が近づいてくる音が聞こえる。楓の足音では無い。楓のような軽やかな足音ではなく、足音の聞こえる音の感覚として成人男性ではないかと推測する未桜。足音は、結婚相手の人のものかと。


フーッと鼻で息を吐く。足音がだんだん大きくなり、緊張が高まる。

 

障子の前に人影が写る。身長は高く、体格もいい。左腕と右目が妖物との闘いで失ったと聞いていたが、障子越しではよくわからない。

 

男が障子を開ける。開いた隙間から太陽の光が入ってくる。男が部屋に入ってくるのがわかるが光が眩しくよく見えない。


「お待たせして申し訳ない」


優しい声だ、想像していた声と違う。

「(あれ、確かこの声どこかで聞いたことがあるような)」


必死に思い出そうとする未桜。


パタンと障子が閉まる音がする。障子が閉まったことで太陽の光が遮断され男の顔が見えるようになる。

「貴方はあのときの」


「また、会えましたね」


そう言って男は未桜に微笑む。

 

その表情はとても美しく、その瞳は愛に満ち溢れていた。

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