桜姫の寵愛

知恵舞桜

第1話 プロローグ

「桐花未桜さん。私と結婚してください」


親愛なる母上。私はたった今、この国の女性達に最も結婚したい男として有名な人に求婚されました。




数時間前。

「未桜。この結婚は若桜家に恩をうる絶好の機会だ。失敗は許されないと思え。いいな」


「はい」


今さら嫌だと言っても聞く耳などもつわけない父親の信近にもう何も言わない未桜。


「嫁ぐからには誠心誠意相手の方に尽くしなさい。万が一、失敗して相手に離縁をされてもこの家に帰って来ることは許さん。そんな、恥知らずはこの屋敷に入る資格はない。わかっているな。路頭に迷いたくなければ、離縁されぬよう努めるのだ。よいな」


これから嫁ぐという実の娘に、祝いの言葉をいうこともなく冷たい声で淡々と話す。言いたいことはもう言った、ここにいる意味はもうないと未桜の返事も聞かずに屋敷へと戻っていく信近。


「あらあら、お父様ったら。お義姉様の返事も聞かずに戻られるなんて。せっかくお義姉様が着飾ってらっしゃるのだからもう少しご覧になられればよいのに」


そう思いませんとニッコリとバカにしたような笑みを貼りつけていう義妹の寧々。


未桜が今着ている着物はお世辞にもいいとはいえない代物だ。普段着ている着物よりは大分良いが、これから嫁ぎにいく花嫁の格好ではなかった。


化粧はしていない。手はボロボロ。着物の色は赤紫。髪は赤い紐でお団子にしてある。簪は一つも身に付けていない。


これが名家の家に生まれた娘が結婚相手の所に向かう格好だとは誰も想像できないだろう。


簪はつい最近まで一つ持っていたが、寧々に見つかり取られそうになった。寧々に取られるくらいならと、町で助けてくれた青年にお礼として渡した。


その簪は、母親が亡くなる時に未桜にくれた大切な簪。自分が結婚するときには、絶対に身につけたいと思っていたが、今回ばかりは仕方ないと諦める。 


他の簪は持ってないし、そもそもあの簪以外を身に付けるきにもならず、髪紐にした。


この格好を着飾っていると言える寧々の神経を他の人が聞いたら疑うだろう。それに、どう見ても寧々の方が花嫁の未桜より着飾っている。


「本当にそうね。あの人もももう少し見ていけばいいのに。こんなに着飾った花嫁に嫁いでもらえるなんて幸せ者ね。お相手は」


「ええ、本当にその通りだわお母様。きっと泣いて喜びますわ。それに、似た物同士仲良くできるでしょう。近いうちに、町の人達からもお似合いの夫婦と言われるようになりますよ。きっと」


ね、そうでしょうと末姫の方をむき同意を求める寧々。「そうね」手で口を隠す末姫。二人は未桜を見下しながらフフッと笑う。「あっ、そういえば」と何かを思い出したように呟く寧々。


「ねぇ、お義姉様。昨日、自分がおっしゃったこと覚えていらっしゃいますか」


「もちろんよ、寧々」


どれだけ馬鹿にされても顔色一つ変えない未桜。二人の言葉に全く傷ついていない様子に寧々の顔が引きつる。


「それなら、よかった。お義姉様と会うのもこれで最後ね。悲しいわ。でも、ようやく結婚されると思うととても嬉しいわ」


未桜に抱きつく寧々。少しして離れて手をとる。未桜の手を両手で覆い、これでもかというくらい爪が食い込むほど強く握る。


「お姉様、化け物との結婚生活応援しています。さっき、お父様がおっしゃったように、離縁してもこの家には戻ってこないでくださいね。お義姉様はもうこの家の一員ではないので」


それでは、と寧々も屋敷の中へと戻っていく。鼻歌を歌いながら未桜がこの家、桐花家から消える嬉しさに浸る。ようやく、自分が本当の桐花家の娘になれる、と。


寧々の後ろ姿を眺めていると末姫が近づいて来るのに気がつかなかった。未桜の肩に手を置く。


「昨日のことは絶対に許さないから。小娘の分際で私に説教とは何様のつもりだい。絶対に地獄に落としてやるからね」


未桜の肩に乗せた手に力を入れたため爪が食い込む。痛みで顔が歪む未桜。末姫と目があうと目が血走っていて、鬼のような顔をしている。


末姫の言葉を聞いて「(私が言ったことは何一つ貴方には届かなかったのね、残念だわ。このまま変わることがないのならば、最後に貴方の元に残るものは何もないのに)」末姫の最期を想像し、哀れに思う。


末姫と別れて少し離れた所で待機している担ぎ手のところに行く。その前に屋敷に一礼をする未桜。二十五年間過ごした屋敷。もうここに戻れることはないかもしれない。この一礼に今までの感謝の気持ちを込める。


駕籠に乗って結婚相手のとこへと向かう。

生まれ育った町を離れるのは辛く目から涙が流れる。


二十五年間、この町で過ごした幸せな日々が懐かしく昨日のことのように思い出す。

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