席替えで成功した!

 ――席替えの日だった。といっても私にとって、そこまで楽しみな行事ではない。席は、くじで決まる。仲の良い人とどれだけ約束しても同じ班になれるとは限らない。


 今回の席替えでは、修学旅行に一緒に行く班のメンバーも決まるらしい。クラスの人達と仲が悪いわけじゃない。だから、正直誰と一緒でも構わないし、別に気にしない。嬉しいとも悲しいとも思わない。







 …………ただ、1人だけ……できる事なら一緒になりたい人がいる。






「……早くしろよ! 陸!」



 教室の前で声をかけられている男の子の姿が目に映る。その男の子は、髪の毛がボサボサで身長がクラスの中で一番高く、155cm。服は、テレビアニメとかでよく見るような短パンとTシャツの上に赤いジャケットを着た姿。




「……!」



 その男の子が教卓の傍までやって来て、友達2人と話をしている姿。そして、くじを引いている姿が目に映る。




 同じクラスのあの男の子。あの人と席替えで……。





「……彩ちゃん? そろそろくじ引きに行こうよ」



「……え? あぁ、ごめん。行こ」








 こうして、現在に至る。私=胡桃彩の席替えは成功したのだ。






 良かった。思ってる事が、ついに叶った。……やった……。




 心の底からそんな事を思っている私に、隣の彼が不意打ちを仕掛けてきたのだ。




「……あっ、えーっと初めましてだよね? 僕、陸っていうんだ。よろしく!」





 私の心臓が飛び上がって、過呼吸になりそうになった。いや、心臓だけじゃない頭もフリーズして……背筋もゾゾっと凍り付いて……。




 どっどうしよう……。やばい……! そんなのズルいよ……。






 困りに困ってしまった私は……。




「……しっ」








「……知ってる」




 言ってしまった。いつもの私が男の子達に対して言っていたようなセリフが出てきてしまった。


 いつもの癖で……。習慣って怖い。どうして、あんな事ばかり私は……。でっ、でもまだチャンスはあるはずよ。これから給食の時間だし、きっと……!










 ――起きなかった。陸君は、それから一言も私に喋りかけてはくれなかった。



 

 私は、給食を食べながら絶望した。うっ、うぅ……そんな……そんなぁ……。






 せめて、何か会話位してくれても良いじゃないの……。しかし、私はさっき陸君が話しかけてくれた時の自分の態度を思い出していた。






 やっぱり強く言い過ぎたのかなぁ……。でっ、でも! どうしてももう一回だけ話がしたい! お話したい! 喋りかけられたい!







 ……うぅ。というか、自分から喋りかけるなんて……恥ずかしくてできない。




 私は、陸君に気付かれないように彼の事をジーっと見つめた。



 ――昔は、私が困っていると駆けつけてくれたのになぁ……。



 そんな時、私の頭の中に思い出されたのは、幼稚園の頃の話。幼稚園の年少さんの頃、私が幼稚園で飼っている大きな犬に吠えられて、あまりの怖さにビビって泣いてしまった時……もう足が固まって動けなかった時に助けに来てくれたのは……同じ幼稚園に通っていた陸君だった。



 彼は、私の前に立って吠える犬を必死に追い払ってくれた。それ以来、私は……彼の事を……。








 昔の事を思い出した私の体は既に動いていた。机の下からメモ紙を取り出し、筆箱を開けて、鉛筆を一本手に持って書き始めた。



 ――ウジウジしていてもダメだ。とにかく、まずは、行動しないと……。こんな無言のままなんて嫌! せめて、何か一言だけでも……一文字だけでも声が聞きたい! 






 そうして、私は頑張って自分の気持ちを文字に起こしていった。しかし、文字を書いている途中でひらがなを間違えてしまう。……すぐに消しゴムを取り出して書き直そうとするが、またしても私は文字を間違えてしまう。



 緊張で手が震えてうまく文字が書けない! どうしよう! 一言書くだけなのに……凄く難しい! 手が震えちゃってるし……文字が全然うまく書けない。何度も何度も紙に文字を書いて……消して……。


 そうやって、ようやく少ししてから私は、メモを書き終える事に成功した。そして、自分の机にその紙を貼り付けた。






 私の思い……頑張って伝えた。届いて欲しい……。お願い……。




 すると、前からではなく横から陸君ではなく隣に座る女の子から声をかけられた。



「えっと……彩ちゃん? これは、一体何? 陸に向けて言ってるの?」



 この子は、確か……同じクラスの美代ちゃんだっけ? 誰に対しても明るく接して、穏やかな感じの子……。この子相手なら緊張せず喋れそう!


 私が、口を開いて声を出そうとしたその時、前から視線を感じた。


「……!」


 その強烈な視線は……間違いなく陸君のものだった。彼の目がとても輝いて見えた。私の事を鋭く見つめているように思えた。




 ……って、やばい。いくら話しやすそうでも陸君に見られていると思うと……。私の口は、さっきまで喋ろうとしていた言葉とは一転。口先が変化して次の瞬間に全く別の事を喋っていた。





「……別に違う。こんな人にメッセージなんて書かないよ」





 はわわわわわわっわわわわ! いっ、言ってしまった! また……また私は……なんでこう言う事ばかりィ……。



 これじゃあ、陸君……また一言も喋ってくれない……。





 目の前で私の事を鋭く睨みつけてくる陸君と一瞬だけ目が合う。私は、彼から逸らすように食器に手を伸ばして給食の続きを始めようとした。





 どうしよう! せっかく、素直に気持ちを伝えてみたのに……これじゃあ……!





 しかし、ここで私に奇跡が起こった。それは、一瞬。僅かにだが、私の耳に入って来た陸君の声――。





「……は?」





 彼の言葉だった。彼の言葉が一瞬だけ聞こえてきた。




 嘘……喋った! やっと、今日ようやく……陸君に喋らせる事ができた!





「……ふふっ」




 私は、陸君が食べているのを見ながら誰にもバレない様に小さな声で笑う。すると、隣に座っていた美代ちゃんからまたしても声をかけられた。



「……どっ、どうしたの?」





 私は、つい口元が緩んでしまった状態で前にいる陸君から視線が離せないまま答えた。







「……別に。何でもないよ」



 この時、私と陸君はまたしても目が合っていた。私達は、少しの間だけお互いの事をジーっと見ていたのだった。

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隣の席になった胡桃さんは、素直になれない 上野蒼良@11/2電子書籍発売! @sakuranesora

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