隣の席になった胡桃さんは、素直になれない

上野蒼良@作家になる

席替えで失敗した!

 席替えで失敗した。小学生にとって一番身近で一番盛り上がるイベントは、席替えだと思ってる。グループワークも多いし、同じグループになった人とは、3ヶ月くらいの間ずっと一緒にご飯を食べて、掃除をして、発表会みたいな事もする。


 だから僕達小学生にとって席替えは、ここから先の自分の学生生活に大きく直結するビッグイベントなんだ。同じグループになった人と上手くやれなきゃ……詰む。確実に……。



 今回の席替えは、それこそ修学旅行と社会科見学を控えているから尚更、大事なんだ。日光東照宮をグループの皆と巡るときに誰かと仲が悪かったりしたら……面倒な事が起こるのは必然だ。



 僕は、教室の中だとあんまり人と話したりする事ができない。6年生になった僕だが、クラス替えの時に去年仲の良かった友達とは別れてしまった。


 今年はもう6月とかだけど……未だに友達が全然できない。



 ──そろそろ作らなきゃなんだけどなぁ……頑張らないと!



 こうして迎えた席替え。先生がいつも席替えの時に用意しているくじ引きの袋と紙を持って来て、教室に現れる。


「……それじゃあ、皆お待たせ! 席替え始めるよ!」




「……よっしゃあああああ!」




 教室のあちこちから歓喜の声が聞こえてくる。皆とても楽しそうだ。普段元気な先生も今日はいつもより元気に見える。皆、修学旅行が楽しみなんだろうな。



 実は僕もだ。僕も修学旅行に行くのが楽しみだ。親から離れて旅行できるってだけでもう楽しみでしょうがない。日光がどんな所かは知らないけど。



 えへへ。新しい友達ができると良いな。楽しい修学旅行になると良いなぁ……。



「……りくくん! 次、陸くんの番だよ!」


 先生が僕を呼ぶ。見ると前には既にくじ引きが待ちきれなくて僕よりも後の出席番号の子達が並んでいる。



「……早くしろよ! 陸!」



「先に引いちゃうよ!」



「……ごめん! 康太こうた! 美代みよ!」



 康太と美代は、僕が唯一仲良くなれた友達だ。出席番号が近い事もあって2人とは新クラスになったその日、席が近かった事もあって仲良くなれた。


 2人に急かされて僕はくじを引きに行った。



 袋の中の紙をガサゴソと漁って掴んだ山盛りの紙を手のひらの上に乗せたまま、上へ持ち上げる。そして、パラパラと落ちていく紙切れの中でも最後の一枚になったものを僕は握りしめて、それを引いた。



 ──良い番号が引けてますように……。




 この時まではそう願っていた。











 ──数十分後。席移動を終えた僕は、机に伏していた。



 結果的に言うと、今回の席替えは……成功だ。奇跡的に同じグループとなるメンバーは僕が唯一話すことの出来る康太と美代。この2人が同じ班のメンバーとなり、2人は僕の後ろの席。



 良かった。話せる奴が2人いる! 新しい友達は、あんまり作れないかもだけど、まぁ良いや。これからだ。



 それに……今回の席替えで新しく出会う人が全くいないわけじゃないんだ。


 班のメンバーは全部で4人。康太達が後ろに座ってるから僕の隣には今日初めて会う人が座っていた。いや、まぁ前から教室で見ている人ではあるんだけど……。



 その女の子は、栗色のサラサラした艶のある髪の毛を首の辺りまで下ろしていて、白いフリフリした袖のついた服とライトブラウンと白の入ったもこもこしたスカートと白い足が見える格好をしていた。


 その女の子は、決して僕の事なんか見ようとしなかった。まっすぐ前を向いたまま先生の話を聞いていた。


 僕は、そんなこの子の事が少し気になって、勇気を振り絞って声をかけてみようと思った。けど、この時の僕の声掛けは今になって思えば……とても愚かな事だったのかもしれない……。


「……あっ、えーっと初めましてだよね? 僕、陸っていうんだ。よろしく!」



「……知ってる」



「え……?」


 突如、少女から発せられた言葉は、予想外のものだった。い、いやそりゃあ、クラス一緒なら知ってるかもだけどさ……。



「……えーっと、胡桃くるみさんだっけ?」



「……あや


「……え? あっ、あぁ……じゃあ、彩ちゃん?」



「……名前で呼ばないで」



「え……?」


 じゃあ、なんと呼べば良いんだ……。というか、何なんだ。さっきから僕の方を全然見ようともしない。機械的な喋りで、何だか凄く嫌な気分になる。


「……喋りかけてこないで」



 えぇ……。何なんだ。この女? 理不尽な事ばかり言うし、何より可愛くない。どころか、話してて凄くイライラする。


「……あっそう。じゃあ、良いよ。勝手にしろよ」


 そう言って僕は、もうそこから隣の席になったこの女に話しかけるのはやめた。



 なんだか、ちょっと心配になってくるなぁ。修学旅行も……。








 ──お昼の時間になると皆で椅子をくっつけて、ご飯を食べる。給食当番が給食を持ってきて、お皿に入れてくれる。ごく普通の小学生の給食だと思う。



 普通は班の人達とお話ししながら食べるものだが、僕は違った。



 机をくっつけて、隣の席の女が自分の目の前に座っている。この女は、どうにも不愉快そうに僕の目の前で黙々とご飯を食べていて、とても嫌な気分になる。



 僕は、この子に話しかけたりしないで、ただ黙々とご飯を食べ続けていた。しかし、そんな僕の態度を気に食わなそうにあの子は、僕の事を鋭い目でジーっと見てくる。


 そして、しばらくして女の子は突然食べる事をやめて、小さいメモ紙を机の中から取り出し、四角い筆箱をカパっと開けて何かを書き出した。



 何を書いているのか少し気になったが、あえて何も言わないでいた。温かい給食を口の中に頬張っていた。すると、少ししてあの女はメモ紙に書き終わるとそれを机に張り付けて、ちょうど僕が前からすぐ見えるような位置に紙を貼り付けた。そこには、大きな字で「もっと喋りなさい」と書かれていた。




「……は?」


 僕の口からつい間抜けな声が漏れる。どういう事なのか? この女は、一体何を思ってこんな意味の分からない事を書いてきたのか? というか、さっき喋るなとか言っていたじゃん……。



 僕が、しばらくその紙を見て意味不明に無言の食事を続けていると女の隣に座る同じ班になった美代が女に喋りかけてくれた。



「えっと……彩ちゃん? これは、一体何? 陸に向けて言ってるの?」




「……別に。違う」


 なんだ。僕じゃないんだ。まぁ、僕に黙れって言った後にこんな事書いてきたら流石に変だけどさ……。




「……こんな人にメッセージなんて書かないよ」






「……は?」



 僕は、どうして初対面の人間にこれだけ罵られなければならないのか? 疑問でしかなかった。なぜ……。僕が今まで何をしたというのか……。







 いや、とりあえず言える事は……僕の席替えは、失敗した。それだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る