第12話 メティス


「……」


それは、美術館だった。

微かに、覚えている。

誰かに会って、

誰かに教えられて、

誰かに託されて。


曖昧な記憶で、暗闇の中を進む。


胸を貫かれた私の体は、今どうなっているのだろうか。

私がここにいるということは、少なくとも、死地を彷徨っているのだろう。


「おや、早かったではないですか。我が神よ」


館の前に、彼は立っていた。意外そうな顔で、不思議そうに笑って。


「いえ、事情はわかっていますとも。豊穣神ユピテルに倒されて、生死の間を彷徨っている。

ああ、時間がないと焦っているようですが、一つだけ、

では、行きましょう」


深いお辞儀をして、彼はくるりと進行方向を変え、歩き出した。

前回と同じような絵の羅列。

いやまあ、同じ場所なのだから。

ただ違うのは、前に来た時に気になった、私と男の子の写真が、消えていたこと。

そして、同じような写真は、男の子の顔がクレヨンのようなもので赤く、塗り潰されていた。


また、長い道を歩く。

赤いカーペットを踏んで、シアターと書いてあった看板を過ぎ去る。


重圧な扉は、もう開かれていた。


「さ、説明は不要でしょう」


少年はどこかからポップコーンとジュースを取り出し、ストローを刺した。

がーっと扉が閉まり、私たちを照らしていたライトが少しずつ消えていく。


『神よ。ああ神よ。なぜだ!なぜ、裏切ったのか!』


私の声が、映像を通して流れてくる。


辺り一面が、燃えていた。

誰かが烈火を纏った剣を振るう。

森が燃えて、人が燃えた。

死が、燃料となる。

燃えて、焼かれてもえて死んでもえて


ふと、少年が立ち上がり、スクリーンの前に立った。


「儀式には、記憶が必要だ」


男の声で少年は、告げる。


『記憶には、きっかけが必要だ』


答えるように映像が歌う。


「きっかけには、時が必要だ」


さらに、それに応えるように彼は歌う。


『双神の片割れ、メティスよ。

我が神よ。目覚めて、前を見よ。

目覚めて、真実を見よ』


二人は同時に、歌を唄う。

それは、私の頭の中で響いて、大切な何かを突く。


「……ッ!!」


ひどい頭痛と共に、記憶がなだれ込んでくる。

それは、私であり、私でない誰かの記憶。

彼女の記憶が、私の記憶と同調する。

双神、メティス。

それが、私の本当の名前。

それが、私の神としての名前。

この世界で、逃げ続けた最悪の神。


「いえ、本当のこと言えば、儀式というのは建前です。

正確に言えば、あなたの記憶を呼び覚ましただけ。別に特別なことはしていません」


もがき苦しむ私に対して、彼は淡々と、説明を続ける。


「無駄はあんまり、好きでは無いのです」


少し間をおいて、彼は私と目を合わせた。


「……ごめんなさい、メティス。

もう、2度と会うことはないでしょうが」


それだけ言って、彼は消滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る