第6話ハロウィン鬼ごっこパート6
壱番街伍丁目市役所通り
理芽が花譜を抱きながら走っていると、目の前に春猿火とヰ世界情緒が現れて足を止めた。
「二人とも早過ぎない?」
理芽は幸祜とシエルに初手に口にした言葉を呟いた。
「情緒たんが近道を教えてくれたからね」
横にいたヰ世界情緒は照れくさそうに頭を撫でた。
「さてっと理芽ちゃん・・・花譜ちゃん返してもらうよ」
二人の雰囲気が変わり、理芽は緊張が走った。
(春姉とお情か・・・不味いな・・・二人ともこの状況では物欲はでないよな・・・特に春姉には・・・けど今は先にお情からだね・・・)
理芽は深呼吸をしてヰ世界情緒の顔を見た。
「情緒ちゃん、実はあたしね・・・」
優しい声色で話しかけながら、ポケットからチケット一枚を取り出した。
「偶然にもあたし、全パスタ二週間半額食べ放題券があるんだけど、そこを退いてくれたらあげるよ」
その言葉に一瞬揺らいだが、直ぐに余裕のある表情をした。
「わ、私をその程度で・・・釣ろうとするなんて・・・あ、甘いよ・・・」
「表情と声色が合ってないよ情緒たん」
春猿火に指摘されて喉を鳴らした。
それを見て、理芽はまたポケットからチケットを取り出した。
「じゃあこれはどうかな?ある弐番街の高級料理店のオムライス無料券だけど、欲しい?」
再び甘い誘惑をする理芽に、ヰ世界情緒は拒否した。
「り、理芽ちゃん・・・私が花譜ちゃんとオムライスで、オムライスを取ろうと思っているの・・・?」
「情緒たん、目から血を流すほど欲しいんだね」
また春猿火に指摘され、目から出た血をハンカチで拭いた。
すると、理芽はわざとらしくため息を吐いて、顔を下に向けた。
「そっか・・・じゃあこれはいらないね。あたしパスタもオムライスもそこまで好きじゃないから捨てるね」
理芽はチケットを重ねて両手に取り、半分に破ろうとした時、ヰ世界情緒が声を荒らげた。
「ま、待って!」
その声に理芽は手を止めて、薄く笑みを浮かばした。
「ん?どうしたのお情?」
「い、いや、せっかくあるのに破るのはもったいないな~って思ってね」
明らかに焦っていることに気づき、理芽は追い打ちをかけた。
「確かにそうだけど、お情のために買ったのに、お情がいらないのなら捨てるしかないからね」
理芽は少しチケットを破ると、ヰ世界情緒は分かりやすいほど顔から動揺を見せた。
すると最後の追い打ちをかけるように、持っていたチケットを手から離した。
「あ、いっけなーい、手がすべったー」
棒読みでチケットを風に乗せて飛ばすと、ヰ世界情緒は断末魔に近い声で叫んで、チケットが飛ばされた方向に走っていった。
「待ってぇぇぇぇぇ!私のチケットォォォォォ!!」
三十秒も経たないうちにヰ世界情緒は影すらも見えなくなった。
「なるほどね・・・そうやってココスやしーたんを倒したんだね」
理芽は春猿火に顔を向けて、小悪魔のような笑みで言葉を返した。
「倒したなんて人聞きが悪いよ春姉。あたしはただ、今日のために皆が欲しいと思うプレゼントをあげようと思ったものを見せただけだよ。勝手にリタイアしたのは彼女達の方だよ」
「よく言うよ・・・」
春猿火は冷や汗をかきながら半笑いをした。
(さて、あとは春姉だけか・・・春姉は同じことをやっても通じないだろう・・・となると*アレ*を使うか・・・いや、念の為に聞いてみるか・・・)
そう決めると、春猿火に声をかけた。
「春姉、春姉にもプレゼントあげるから退いてくれない?」
「欲しいけどそれは後にしてくれない?」
念の為に聞いてみたが、やはり拒否された。
理芽は切り札を使うことを決めて、子供に向けるような笑顔を浮かばした。
「ねぇ、春姉、不思議に思わなかった?どうしてこんなに回りくどい事をするのか?どうして私が車を使わなかったのか。そしてどうして——」
「——ハスターを使わなかったのか?」
その言葉を聞いた春猿火は何故か嫌な予感を感じて、無意識に一歩引いていた。
「確かに、どうしてハスターを使わなかったのか不思議だよ。それがどうしたの?」
理芽は口元から邪悪な笑みを歪ませながら、ここには関係のない者の名前を告げた。
「春猫だっけ?今その子、*どうしてるのかな*?」
その言葉に春猿火の瞬時に理芽がやろうとしていることを察し、何も言わず全速力で家に向かった。
そして広場に誰もいなくなり、理芽は指を鳴らした。
「出てきていいよ、*ハスター*」
その言葉に応じるように、どこからか赤色の鯨の姿をしたセテラクター——ハスターが理芽の目の前に現れた。
ハスターの頭を撫でると、理芽は安堵の息を吐いた。
「ふぅ・・・念の為にハスター隠しててよかった・・・」
理芽は、興奮の余りハスターを使って役所に向かう選択肢は無かった。
幸祜とシエルに
しかし、幸祜とシエルと遭遇してハスターを移動手段として使うのではなく、嘘に使うと言う選択肢を選び、ヰ世界情緒と春猿火に使うことにした。
「さて、もう目の前か・・・」
理芽は嬉しそうにしながら役所に向かった。
「これで
役所まで後数メートルまで近づいたその時、花譜の身体からいきなり煙が出てきた。
「え!何!?」
いきなりの出来事に驚きながら咳き込むと、突然腕の重みが増した。
その重みに理芽は体制を崩さず、花譜を支えた。
煙が徐々に晴れていき、花譜の姿を見ると、理芽は絶句した。
何故なら、今抱えているのは赤子の花譜ではなく、*いつもの花譜になっていた*。
「あ、えっと・・・花譜ちゃん元に戻ったんだね!良かったよ!」
「ありがとう理芽ちゃん。それと・・・下ろしてくれない?」
「え、あ、ご、ごめんね」
理芽は素直に花譜を下ろした。
「そ、それじゃあ帰ろうか!」
理芽は切り替えて花譜の手を繋いで帰ろうとした時、花譜に話しかけられた。
「ねぇ理芽ちゃん」
「ん?な・・に・・・」
理芽が花譜の顔を見ると、表情は笑っているが目は笑っておらず、凄まじい圧を感じた。
「何か・・・言うことある・・・?」
「え、えっと・・・そ、そのコスプレ似合ってるよ!」
「ほんとうに・・・?」
「あ、当たり前だよ!私達の花譜太郎なんだから!」
「いや、違うよ」
花譜は首を振った。
「私が言いたいのは、本当に言うことがその言葉なのってことだよ」
「・・・・・」
理芽は何も言えず、顔から大量の汗をかきながら目は泳いでいた。
「後で皆に謝ろうね」
「・・・はい」
そうして、シエルは紙袋を堪能し、幸祜とヰ世界情緒はチケットを見て鼻歌を歌いながら踊りだし、春猿火は飼い猫が無事であることを安堵して、沢山撫でた。
理芽は帰ると、反省文六枚と一週間花譜から声をかけてもらえなかった。
神椿スタジオ小説・ハロウィン鬼ごっこ 月葡萄 @Isabi
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