27 物語

 その日は昼前になってもなかなか兄は起きず、かといって起こすのも可哀想かと思い、定位置に置いて彼の寝顔を眺めていた。

 昨日は長い時間リュックサックに入れていた。それで兄も疲れたのだろうか。長いまつ毛の先をぼんやり見ていると、急に思い立った。

 僕は大学時代に買ったノートパソコンを引っ張り出してローテーブルに広げた。そして、「兄の生首を飼う弟」というファイルを作った。

 僕は今まで私的な文章を書いたことがなかった。大学のレポートや仕事の報告書くらいだった。けれども不思議と指が動いた。僕は兄を殺したいきさつから始めた。


「ん……奏太、おはよう」

「おはよう。よく眠ってたね」

「みたいだな。何してるんだ?」

「生首を飼うことってなかなかないでしょう。記録、つけとこうと思って」


 僕は兄を持ってきて画面が見えるようにしてやり、タイピングを始めた。


「生々しくていいな。奏太、文章得意なんだな」

「これでも文学部だったからね。卒論のときに鍛えられたよ」


 兄に襲われた日のことならよく覚えている。それがどれだけ屈辱的で、苦痛だったかを、僕はつらつらと書き連ねた。


「でも少しは気持ち良かったろ?」

「一応ね。身体が勝手に反応しただけ。兄ちゃん、どこで覚えてきたのさ?」

「内緒」


 一気に二千字ほど書き上げた。兄と初めて繋がったところまででそんな文章量になってしまった。


「その文章、どうするんだ奏太」

「創作ってことにしといて、どこか小説サイトにあげるのもいいかもね」

「まあ、誰も本当のことだとは思わないさ」


 お腹がすいたので、カップ焼きそばを作って食べた。しかし、この前貧血を起こしたし、そろそろ食生活を何とかしないといけないだろう。

 満腹になった僕は、兄をベッドの上に転がし、弄んだ。兄も楽しんでいた。


「奏太、高い高いして」

「よーし」


 僕は兄を天井に放り投げて、キャッチするということを繰り返した。生首の扱いにもすっかり慣れたものだ。兄はゲラゲラと笑っていた。


「あっ」


 取りこぼして、兄が後頭部から床の上に落ちた。


「いててて……」

「ごめん兄ちゃん。大丈夫?」

「たんこぶできたかも」


 僕は兄を抱え、頭をさすった。たんこぶは出来ていなかった。


「ちょっと調子に乗りすぎたな。兄ちゃんも奏太も」

「そうだね。でも、生首ならではの遊び方だからさ。面白くて」

「このこともさっきの物語に書くか?」

「うん、そうする」


 生首との生活の楽しさ。それを世の人々に伝えよう。そうして僕は小説サイトにアカウントを作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る