23 白

 朝起きると、兄の生首がお腹の上に乗っていた。兄は自分では乗れないから、僕が無意識でやったのだろう。

 十一月も下旬になり、空気は乾燥して冷えきっていた。僕はまだ眠る兄の額をそっとさすり、定位置に置いてベッドを抜け出した。

 まずは一服だ。タバコの量は増えてきていた。あまりよくないとは思いつつやめられない。

 それからインスタントコーヒーを作ろうとキッチンに行ったのだが、マグカップを取ろうとしたとき、急にめまいが起きた。


「うっ……」


 視界に白いもやがかかった。僕はたまらずしゃがみこんだ。頭痛も襲ってきた。足にも力が入らなくなってきて、僕はそのまま床に這いつくばった。

 そして僕は、一面真っ白な空間に立ち尽くしていた。床も壁もない。どこまでも、どこまでも白い空間。

 僕はしばらく歩いた。終わりは見えなかった。自分が進んでいるのか、後戻りをしているのかすらわからなかった。


「兄ちゃん……」


 心細くなると、呼んでしまうのはやはり兄だった。それに呼応したのか、兄が現れてくれた。首のない、身体だけの兄だった。


「兄ちゃん!」


 僕は兄に抱きついた。兄は僕の背中に腕をまわしてきた。この感触。久しぶりだ。僕は兄を殺してしまったことを今さら後悔しはじめた。なにもそこまでしなくてもよかったのに。


「兄ちゃん……兄ちゃん……」


 僕は兄の胸に顔をすりつけ、匂いをかいだ。兄は赤子にするように、トン、トン、と僕の背中を叩いた。僕は目を閉じ、されるがままになっていた。


「……奏太! 奏太っ!」


 目を開けると、フローリングの床があった。兄が叫び続けていた。ギシギシと痛む身体を起こして、ベッドまで這っていき、生首の兄を抱き締めた。


「大丈夫か。奏太、長いこと倒れてたぞ」

「急にめまいがして……」

「唇真っ青だ。きっと貧血だな。ろくなもん食べてないから……」

「ごめんね、心配かけて」


 僕はベッドに寝転び、兄を肩に乗せた。


「殺してごめん、兄ちゃん。やっぱりやりすぎだった」

「まあ、兄ちゃんも、そこまで奏太が思いつめてたなんて考えてなかった。だから奏太は悪くない。兄ちゃんが悪い」

「僕、兄ちゃんに抱き締められる夢を見たんだ。やっぱり身体がある方がいい。でももう、埋めちゃった……」


 僕はすすり泣いた。兄は涙を舐めてくれた。生首だけでも動いてくれてよかった。やはり僕は、兄を愛しているのだ。

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