22 呪文

 いつものように兄に食事をさせようと、下着をおろすと、彼はこんなことを言ってきた。


「なあ、奏太。こういうことするとき、これからは名前で呼んでくれないか?」

「いいけど……何で?」

「後悔してるんだよ。生きてたときのセックスは対等じゃなかったろ」

「全くもってそう」

「だからだよ」


 僕は兄に突っ込んで聞いた。


「和登……美味しい?」


 兄は舌の動きで応えた。僕はさらに名前を呼んでみることにした。


「和登はやらしーね。生首になってまで、弟のものを欲しがるなんてさ。和登の淫乱」


 嬉しそうに目を細め、兄は口を激しく動かした。僕も腰を振って兄に与えた。終わった後、兄は語り始めた。


「名前っていうのはさ」

「うん」

「世界で一番短い呪文なんだよ。呼び、呼ばれることで、個が定まっていく。親にかけられた呪いみたいなもんだな」

「兄ちゃんはたまに難しいことを言うね」

「そうでもないぞ。兄ちゃんは奏太に名前で呼ばれると嬉しい。ただそれだけの話だからな」


 名前の由来なら、親から何度か聞いたことがあった。兄は長男らしく凛々しい響きに漢字を当てはめられた。僕は優しげな音を重視された。

 名は体を表すというが、果たして僕たち兄弟の場合はどうなのだろうか。自分ではよくわからない。

 そんなことを考えながら、僕は兄を見つめた。


「和登」

「何だ?」

「キスしよう」

「いいぞ」


 まだ精液の味の残る兄の口内を、僕は奥まで堪能した。歯を舌でなぞり、頬の裏をつついた。


「奏太って兄ちゃん以外とキスしたことあるのか?」

「……ないよ。兄ちゃんは?」

「実はあるんだよな。誰かは言わないけど」

「何それ。妬けてきた」


 兄の交際関係を僕は知らない。知りたくもない。しかし、男とするのが初めてではなかったであろうことはわかっていた。


「あはっ、奏太可愛い」

「ふーんだ」

「拗ねるとますます可愛い」


 僕は兄の頭を掴むとベッドの上を転がした。


「おいおい、何するんだよ」

「ちょっとムカついただけ」


 猫がじゃれるように、コロコロと無邪気に扱ってやった。兄も段々面白くなってきたようで、ひゃっひゃっと笑いだした。


「兄ちゃん、愛してる。これも呪文?」

「そうだな。この世で最も強力な呪文だよ」


 僕は兄を抱き締め、呪文を囁き続けた。

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