18 椿

 散歩でもしてみようか、という気分になれる、清々しい朝だった。僕は窓を開けて空気を入れ替えた後、兄をリュックサックに詰めて出発した。

 あの黒猫に会ったらすぐ逃げよう、などと考えながら、あてもなく近所を歩いた。すると、一軒の古そうな喫茶店を見つけた。

 喫茶店の植え込みには、赤い花が咲いていた。あまりに綺麗だったので、スマホで撮影した。せっかくなので、僕は中に入ってみることにした。

 店内は、昔ながらの純喫茶という出で立ちで、タバコの香りがした。僕は入り口に近い二人がけのテーブル席に行き、向かいの椅子にリュックサックを置いた。


「いらっしゃいませ。メニューです」

「あっ、いいです。ホットのブラックコーヒーを一つ」

「かしこまりました」


 椅子も机も古いが、よく手入れされていると思った。壁紙には染みができており、そこが少し残念だったが、歴史を感じさせた。

 兄を取り出して机の上に置けたら楽しいだろうに。一緒に来ているのに、会話すらできないのはちょっと寂しかった。


「お待たせいたしました」


 カップに入った一杯のコーヒーが運ばれてきた。深い香りがした。一口飲んでみると、酸味が少なく、コクがあって、実に僕好みだった。兄にも味わってほしかった。

 失礼にならない程度に店内を見回すと、老人が一人、新聞を読んでいた。曲もかかっていないし、静かだ。いい店だと僕は思った。

 ゆったりとコーヒーを楽しみ、僕は帰宅した。兄を取り出してベッドの上に置き、話しかけた。


「さっきの喫茶店、楽しかったよ」

「ああ。兄ちゃんも、香りだけ楽しんだ」

「世の中の人々がみんな生首を飼うようになったら、兄ちゃんも喫茶店に堂々と居座れるのにね」

「そうだな」


 僕はスマホを取り出した。


「そういえば、喫茶店にこんな花が咲いてたんだけど、兄ちゃん何だかわかる?」

「こりゃ椿だな。早いな。もう咲いてるのか」

「椿っていうと……首が落ちるようにして散るやつだよね」

「そうさ。あはっ、だから奏太もさっきの店に吸い寄せられたのかもしれないな」


 兄は続けた。


「でもそれって、最近になって言われるようになったって話だ。本来は縁起のいい花なんだぞ。着物の柄にも使われる」

「僕、この花好きだな。あの喫茶店……名前見るの忘れてたけど。また行きたいな」


 軽く運動をしたおかげで、さらに気分が良くなった。僕は兄の髪を撫で、額にキスをした。

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