16 面
また僕は兄の家に行った。もちろん本人も連れて。駅までの道で、あの黒猫にでくわしやしないかとびくびくしたが、幸い何事もなかった。
もうすぐ本格的な冬が来る。僕は兄の了解を得て、彼の服を頂戴することにした。兄と僕とで体格が違うので、僕が着ると多少だぼっとしてしまうのだが、それも着こなしのうちとすれば何とかなるだろう。
ダウンジャケットやトレンチコートを紙袋に詰めていると、クローゼットの奥の方に、何やら白いものが見えた。引きずり出すと、それは狐のお面だった。
「兄ちゃん、何これ?」
ベッドの上で待っていた兄に聞いてみた。
「ああ、それな。実家にあったんだよ。処分するのもこわくて、そのまま持ってきた。誰の物か、いつからあるのかよくわからない」
「ふぅん……」
僕は無言でお面を兄につけた。
「ちょっ、やめろって! こわいって! 外れなくなったらどうするんだよ!」
「そんなに曰く付きの物には見えないけど」
「兄ちゃんはこわいんだよ! 早く取ってくれよ!」
「やだ」
焦る兄が面白くて、僕は彼を放ったまま、服あさりの続きをした。兄はギャーギャーとわめいていたが、次第に大人しくなった。
紙袋に詰め終わり、僕は兄に近付いた。悪い気が起きた。
「あれ、外れない……」
「だから言ったろ! どうすんだよ! ただでさえ生首なんだ、お祓いとか行けないしよ!」
「うーん、どうしたものか」
「奏太のバカ! 何てことしやがるんだ!」
「なんてね。はい、外れた」
お面を外すと、兄の目は真っ赤だった。
「兄ちゃん……泣いてたの?」
「だって、こわくてよぉ……」
「生首が喋る方がこわいんだけど」
ちょっとやり過ぎた。僕は優しく唇を重ねた。それにしても、このお面は一体何なんだろう。裏を見ても、特に何も書いていないし、父さんにも母さんにもこんな趣味はなかったはずだ。
「僕はこわくないし、普通に燃えるゴミで出しちゃうね」
「大丈夫か? 祟られないか?」
「今まさに祟られてるような状況だから、これ以上何かあっても困らないよ」
兄には自分が怪異になってしまっているという自覚はあるんだろうか、ないんだろうか。ともかくそのお面を服の間に入れ、僕は兄の家を後にした。
僕の家に着いても、さっきの僕のイタズラがこたえたのか、兄は黙っていた。
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