13 流行

 休職期間はまだあった。とても仕事に復帰できるとは思えず、処方された薬も結局飲んでいなかった。

 僕はベッドに寝転がり、兄の頭を肩にもたれかけさせながら、スマホをいじっていた。


「あ……新曲だ」


 僕が追いかけているボーカロイドの配信者が、新しくミュージックビデオをあげていた。再生した。片思いをつのらせる女の子の歌で、ポップな曲調だった。


「最近はこういうのが流行りなのかねぇ」


 一緒に観ていた兄が言った。


「そうみたい。配信されたばかりなのにこの再生数だよ」

「兄ちゃんにはよくわかんねぇな。こういう歌詞ならバラードが合いそうなのに」

「でもこういうの増えたよ。切ない歌詞をアップテンポで歌わせるのがさ」


 ずっと見ていたの、ずっと、ずっと……。


「兄ちゃんも僕のこと見てたんだよね」

「そうだよ。全然気付いてくれなかったな」

「気付くわけないし。この歌詞の男もきっとそうだよ。見ているだけじゃ伝わらない」

「だから兄ちゃんは実力行使に出たわけだ」

「最悪だったよ」


 この鈍感くんめ、恋人候補はすぐそこにいるのにさ。


「僕と兄ちゃんの関係って何?」

「血の繋がった兄弟だよ。こうなっても、ずっと変わらずな」


 僕は兄の頬に口づけた。その答えが嬉しかったのだ。頬から耳へと移し、舌を伸ばした。兄はくっと吐息を漏らした。


「耳、弱いよね」


 ボーカロイドはまだ歌っていた。リピート再生にしていたのだ。ごめんねこんな気持ち、重いってわかってる。早口でまくしたてる。


「はぁっ……奏太っ……」

「嫌って言ってもやめないよ。兄ちゃんがやめてくれなかったようにね」


 耳たぶを唇ではさみ、ふうっと息をふきかけた。もう兄には制す手も絡める足もない。僕は耳を攻め続けた。


「やばっ。僕も興奮してきちゃった」


 僕は歌を止めた。画面はボーカロイドが頬をふくらませてポーズを取っているところで止まった。


「兄ちゃんも耳、してよ」


 兄をずらし、自分の耳元に持っていった。兄は囁いた。


「奏太、可愛い。大好き」


 それから僕の好きなところを舐めてもらった。僕は下着に手を突っ込みながら喘いだ。ずいぶんと丹念に兄は僕を可愛がってくれた。生きているときからそうだったら良かったのに。


「兄ちゃん、飲む?」

「飲む」


 兄に食事をさせ、僕はまたミュージックビデオを再生した。

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