12 湖
兄の家に行ってみようと思い立ち、兄をリュックサックに入れて電車に乗った。揺られている時間は大体十五分くらいだ。
もう何度も兄の家には行っていたので、迷うことなくワンルームマンションに着いた。鍵を開け、部屋の中に入ると、兄の匂いが強くなった。
僕は兄を取り出してベッドの上に置き、話しかけた。
「何か持って帰っておいた方がいいものとかある?」
「タブレット。映画観れるし」
「どこにあるの?」
「テーブルの上に置いてないか?」
あった。ケーブルに差しっぱなしだったので、それもまとめて持ち帰ることにした。
部屋に干しっぱなしだった洗濯物を、なんとなく片付けた。兄にはもう身体がないから、服は必要ないんだけれど。
「そうだ。クローゼットの中にアルバムがあるぞ。見るか?」
「へえ。それって実家から持ってきたやつ?」
「ああ」
適当に一冊抜き出してみた。僕たちがまだ幼児の頃の写真が、丁寧にしまわれていた。
「これってどこだろう」
「宍道湖だな。じいちゃんの家に行くとき毎回寄ってたって父さんから聞いてるぞ」
「綺麗だね」
「そこで初めて奏太が歩いたっていう話、母さんが何度もしてなかったか?」
「そうだったっけ」
僕と兄はお揃いの服を着せられていた。父に抱っこされている僕は、きょとんとした顔をしていた。
「兄ちゃん、いつかこの湖に行きたいね」
「だな」
「兄ちゃんの顔、水につけてやろうか」
「やめろよ、死んじまう」
「もう死んでるって」
僕はそのアルバムを一冊だけ持ち帰ることにした。それから、食料品や現金を拝借した。かなりの荷物になった。兄の家には物が多い。本当に引き払うときは大変だろうなと考えながら、今日のところはそれまでにした。
「……ふう。ただいま」
「奏太、早くタブレットつけてくれよ」
「はいはい。何が観たい?」
「ホラーにしよう。後味悪いやつ」
「趣味悪いね」
というわけで、生首の兄の娯楽が増えた。操作は僕がしなきゃいけないから面倒だけど。こんなことなら、腕は残しておくんだったか、なんて思ったが、動くのは首から上だけ。本当に不思議だ。
兄が映画を観ている間、僕はさっき持ち帰ったカップラーメンを食べ、アルバムの続きを見た。兄はけたたましく笑っていた。ホラーなのに何がおかしいというのだろう。
「奏太。今、首が飛んだんだ」
「そう。普通はそこで終わりだよね。何で兄ちゃんは喋るわけ?」
「自分でもよくわかんねぇんだよな」
本人にもわからないのなら仕方ない。僕はページをめくり続けた。
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