11 坂道
明くる日も兄と出かけることにした。薬を買いにドラッグストアに行くのだ。ついでにお菓子なんかも補充しておきたい。
兄をリュックサックに入れて、坂道を上った。少し遠いところにあるのだ。ふう、ふう、と息をついた。けっこう傾斜があった。
「奏太、大丈夫か?」
兄が聞いてきた。
「もう、外では喋らないでよ」
「なんか辛そうでな」
坂道を上りきると、大きな看板が見えてきた。カゴにお目当ての物を入れていった。そこそこまとめて買ったので、ビニール袋二つ分になった。
帰りは下り坂だ。ビニール袋からはみ出していたペットボトルの炭酸水が、こぼれてコロコロと転がってしまった。
「あっ……」
慌てて追いかけた。拾おうとした瞬間、自転車が通りがかって危うくぶつかりそうになった。
「気を付けろ、バカ野郎!」
自転車に乗っていたオッサンが罵声を浴びせてきた。僕がキッと睨むと、彼はそそくさと去っていった。
「なんだ? どうしたんだ?」
兄の声。
「なんでもないよ。さあ、帰ろうか」
午後からは、とうとう精神科に行くことにした。電車に乗って二駅行く必要があった。一応兄も連れていった。
待合室で、リュックサックを抱き締めながら、長い長い間待っていた。予約時間外で来たので、いつもより待たされた。
「何かお変わりはないですか」
中年の男性医師が、僕の顔を見ずに聞いてきた。
「いえ、特に。食事もきちんととれていますし、入浴もしています」
「そのまま、生活リズムは崩さないようにしてくださいね、御堂さん」
処方せんを貰って、今度は薬局だ。僕は布越しに兄をさすった。まさかここに居る人々は、この男が生首を持って外出しているだなんて思いもしないだろう。自分でも、妙なことをしていると思う。
もう僕は、普通の生活はできなくなった。帰宅したらまた、兄に食事を与えないとならないだろう。
兄を殺すと決めてから、人並みの人生を送ることは諦めていた。いや、もっと前からか。兄に犯されたときから。僕は一般的な幸せなど求めることをしなくなった。
帰ってから、生首の兄を取り出し、キスをした。ぴちゃぴちゃと音をたてて、僕は今ある幸せを享受した。これが僕の幸せ。足を踏み外し、転げ落ちた、僕の幸せ。
「奏太、気持ちいい?」
「うん、すっごく。兄ちゃん、ずっと側に居てね」
喉が渇いたので、炭酸水を開けた。坂道に落としたので、一応シンクのところでやったのだが、幸いなことにあふれなかった。僕は自転車のオッサンのことを思い出していた。あのとき兄を見せつけていたら、どうなっていただろうと考えた。
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