10 来る
兄の上司は朝の十時に僕の家にやってきた。兄はクローゼットにしまっておいた。ローテーブルを挟んで向かい合い、お互い一礼した。
「
「弟の奏太です」
川崎さんは、少しお腹の出た五十代くらいの男性だった。ネクタイをきちんと締めていて、シャツの上に茶色いベストを着ていた。
「
「ええ……僕と兄はそこまで仲がいいわけでもなかったので。最後に会ったのもいつだったか。なので最近の様子もわからないんですよ」
嘘を並べるのは昔から得意だった。それに、兄を殺そうと決めたときから、この手の質問には答えられるようにしていた。
「まあ、兄は真面目でしたし、事件に巻き込まれるようなこともないと思うんですよ。僕としてはそこまで心配していません。ひょっこり帰ってくるんじゃないでしょうか」
「そうだといいんですけどね……」
川崎さんが帰ってから、兄をベッドの上に移した。
「いい上司さんだったね。本気で心配してくれてたよ」
「まあ、兄ちゃんの人徳ってやつだ。会社ではまともな人間を装ってたからな」
「その裏で弟を犯してたなんて夢にも思わないだろうね」
「そうだな!」
兄は何がおかしいのか、長い間声をあげて笑っていた。僕は一瞬不快に思ったが、生首には笑顔が似合うとも感じた。
「兄ちゃん、今日は何だか外食したい気分。外行ってくるよ」
「兄ちゃんも連れて行けよ」
「えー、どうしようかな……」
使っていなかった古いリュックサックを引きずり出した。昨日クローゼットを整理したときに見つけ、一応取っておいたものだ。そこにすっぽりと兄は収まった。
「じゃあ、行くよ。喋らないでね」
「はいはい」
ファミレスに行き、ミックスグリルを注文した。ドリンクバーに行くときは、兄を向かいの席に置きっぱなしだ。まあ、中を探られることもないだろう。
人間を切り刻んだ後だが、肉は美味しく頂けた。そんな自分の平然とした様子に改めて驚いた。生首の兄を受け入れてしまった時点で常識などふっ飛んでしまったのかもしれない。
帰宅すると、兄も食事をねだってきた。僕はちろちろと先の方を舐めさせた。兄の舌はねちっこく、温かいのだ。
「ふぅ……」
「ごちそうさま。苦いけど旨いんだよな。これからも毎日欠かさず頼むよ」
「うん」
そういえば、こんな生活を始めて十日目か。川崎さんとも上手くやれたし、このまま兄を飼い続けることは何とかなりそうだ。
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