09 つぎはぎ

 精神科に行かなくては、と思うも、気が重くて、僕は別のことをやり始めた。部屋の片付けだ。もう一ヶ月近くも掃除機をかけていなかった。

 兄をベッドの上に置いておいて、僕は床に置きっぱなしだったチラシなんかをゴミ箱に放り込んでいった。

 そのうちに、気分が乗ってきて、今年の夏に着なかったTシャツなんかを断捨離することにした。

 クローゼットを開けていると、兄が言った。


「それ、まだ持ってたんだな」

「どれ?」

「クマだよクマ。上の方に置いてあるやつ」


 僕はクマのぬいぐるみを手に取った。いつかのクリスマスにサンタクロースに貰った物だ。


「兄ちゃんも同じの持ってたよね?」

「ああ。引っ越しのときにどっかいったけどな」


 クマのお腹は破けていて、別の布を縫い付けていた。母がやってくれた。


「もし兄ちゃんの顔が裂けたら、縫えばいいのかな?」

「どうだろう。兄ちゃんも生首になるの初めてだから、よくわからねぇや」

「皮膚いくつか残しておけば良かったね。もう遅いけど」


 僕はクマを抱き締めた。懐かしい匂いがした。実家の匂いだ。


「奏太。片付け終わったら、ヒゲ剃ってほしいんだけど」

「わかった。もうちょっと待っててね」


 クマを元のところに戻して、僕は作業を再開した。大きなゴミ袋に半分くらいの服が入った。


「そういえば、兄ちゃんの家、どうしよう……」

「ある程度したら引き払ってもらわなきゃな。家賃引き落とされるの勿体ないし」

「そうだよね」


 最後に掃除機をかけ、僕は兄を風呂場に持っていった。前と同じように、ヒゲを剃り、髪を洗った。


「あー、さっぱりした」

「何か、兄ちゃんを洗ってあげるの楽しいかも」


 タオルで髪を乾かしながら、さっきのクマについての話をした。


「奏太は本当に物持ちがいいよな。あんな昔のオモチャ大事にしてたなんて」

「あれは特別なんだよ。僕、小学校入ってすぐなかなか友達できなくてさ。クマが友達代わりだった」

「そうだったんだ」

「兄ちゃんは友達多かったよね。僕とは大違いだ」

「まあ、本当に信頼していた奴なんて一人もいなかったけどな。兄ちゃんが信じてるのはただ一人、奏太だけだよ」


 僕は兄の顎をさすった。つるりとした剃りたての肌は気持ちが良かった。


「傷つけないようにしなくっちゃね。あのクマみたいになっちゃう」

「頼むぞ、奏太」


 僕のスマホに着信履歴があった。兄の上司からだった。折り返すと、明日僕と会いたいとのことだった。

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