08 鶺鴒

 やっぱりというか何というか、酷い頭痛で目が覚めた。兄は僕の足元にいて、ぐうぐうと寝息をたてていた。

 ベッドをおりてインスタントのみそ汁と鎮痛剤を飲んだ。そのうちに兄が起きてきて、のんきに朝の挨拶をしてきた。


「おはよう、奏太。気分はどうだ?」

「最悪。めちゃくちゃ頭痛い」


 空気を入れ換えるため、窓を開けた。秋のひんやりとした風が僕の肌を撫でた。そのまま窓を開けておくことにした。


「っていうか奏太。精神科、次いつだ。そろそろ行かないといけないんじゃないか」

「とっくに受診日過ぎてるよ。薬も切れた。でもいいんだ。飲んでも飲まなくても一緒だし」


 僕はうつ病と診断されていた。気分を安定させる薬を処方されていたが、特に効いている感じはしなかった。

 会社に診断書を出すためだけに受診したので、医者の言うことなど守る気はなかった。休職中も手当は出るし、しばらくはそれで繋ぐつもりでいた。

 ベッドに座って、膝の上に兄を乗せ、窓の外を眺めていると、手すりに黒と白の小鳥がとまった。スズメやカラスではない。これは何だろう。


「セキレイだな」


 兄が言った。


「よく知ってるね」

「まあな。マンションに現れるのは珍しいな」


 セキレイは奇妙な鳴き方をしながら、尾羽をはためかせ、ずっと手すりにいた。


「良かったね、兄ちゃん。鳥は生首に驚かない」

「そうだな。むしろ興味があるのかも」


 僕は兄を抱えてセキレイに近寄った。逃げなかった。首を傾げ、兄を見つめているようだった。


「ふふっ、可愛いね、兄ちゃん」

「奏太は小さい頃から動物が好きだったな」

「飼うのは許してもらえなかったけどね。初めて飼うのが兄ちゃんになっちゃった」

「大事にしてくれよ?」


 セキレイはチチッと鳴くと飛び去っていった。僕はまだぼんやりと突っ立っていた。


「さっきの話だけどよ」


 兄が話しかけてきた。


「やっぱり精神科は行っとけ。奏太がこれ以上壊れちまったら、兄ちゃんも困るからな」

「うん……行くよ。そのうちにね」


 頭痛は治まってきた。僕はベッドに仰向けになり、兄を腹の上に乗せた。こんなにも軽くなってしまった兄。それがとても愛おしい。


「奏太、飲ませて」

「ああ……昨日は結局顔にかけただけだったもんね」


 兄に食事をさせ、また腹の上に乗せると、僕は目を閉じた。こんな平穏な日々はいつまで続くのだろう。とりあえず、兄の失踪届くらい出しておいた方がいいのだろうか、とそんなことを思った。

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