05 旅

 僕は兄を抱き締めて眠っていた。朝五時のアラームで目が覚めた。胴体を埋めるのはずっと遠くの山中と決めていて、車は一日中借りていた。

 身支度をしていると、兄が言った。


「ちょっとした旅行だな。兄ちゃんも連れてってくれよ。どうせ運転中退屈するだろ」

「そうだね」


 僕は兄の生首をトートバッグに入れ、助手席に置いた。それからウォークマンを繋ぎ、ボーカロイドの曲をかけ始めた。


「奏太は好きだな、こういうの」

「人間の歌が嫌いなだけ」


 ナビを入力し、出発だ。ドリンクホルダーには、ブラックコーヒーのペットボトルを置いていた。

 兄はわかる曲があると、歌詞を口ずさんだ。道だけを見ていると、普通に兄を乗せている気分になった。


「そういえば奏太、昼メシはどうするんだ?」

「サービスエリアで適当にとるよ。その間はここに居てよね」


 県境を抜け、どんどん奥に入った。車の数も少なくなった。僕はスピードをあげた。そして宣言通り、サービスエリアに入った。


「兄ちゃん、大人しくしててよ? 歌ったり叫んだりしないでね?」

「わかってるって」


 僕はラーメンを食べた。有名なチェーン店で、それなりに美味しかった。コンビニで追加のコーヒーを買い、車に戻った。トートバッグを覗き込むと、兄はニヤリと笑った。


「お帰り、奏太」

「さてと。あと一時間くらいかかるよ」


 いよいよ車は僕だけになってきた。深い山の奥、しんと冷えてきた。僕は暖房をつけた。

 そして、兄の胴体を埋めた。これで終わりだ。僕は土をかけ終わるなり、その場にへたりこんだ。


「残ったのは生首だけ、か……」


 車に戻ると、兄は眠ってしまっていた。僕は声をかけずにそのまま車を走らせた。家に着いたのは、とっぷりと日が暮れてからだった。


「兄ちゃん、帰ったよ」

「ん……そっか」


 僕は兄をベッドの上に置いて、冷凍のチャーハンを食べた。それからシャワーを浴び、兄にも食事をさせた。

 長い時間運転していたので、さすがにくたくただった。しかも今回埋めたのは一番大きなパーツだ。穴もそれなりに大きく掘った。

 僕は兄を抱え、ベッドでうとうととしかけていた。すると、兄がハミングを始めた。さっきのボーカロイドの曲だ。


「兄ちゃん……うるさい……」

「歌いたい気分なんだよ。子守唄だと思って聞けよ」


 兄は歌い続けた。僕は次第に身体が泥のように沈んでいくのを感じた。意識を手放す手前で、多幸感に満ちた。これで兄と二人、生きていく準備が整ったのだ。

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