04 温室
その日は山に行く気が起こらなかった。まだ胴体が残っているのだが。場所も取るので、早く捨ててしまいたい。
しかし、僕は兄に食事を与える必要があったし、こんなこともしなければならなかった。
「なあ奏太、そろそろヒゲ、剃ってくれよ」
僕はシャワーを兄の顔面にぶっかけ、シェービングクリームを塗ってやった。他人のヒゲを剃るのは初めてだ。難しかった。生首でもヒゲは伸びるのだなぁと今更ながら思った。
「ついでに髪も洗おうか?」
「頼む」
こうして甲斐甲斐しく世話をしていると、本当に新しいペットを飼い始めたような気になってきた。僕だけの秘密のペット。
「っていうかよ。そろそろ風呂場に置くのやめてくれない? 寒いんだよ。血も止まったし、部屋の中に置いてくれよ」
「仕方ないなぁ」
僕はベッドの上に兄を置き、タオルで髪を拭いてやった。兄はうっとりと目を閉じていた。これから週に何度かは洗わないとな。
「奏太、抱っこして」
兄を腕の中に入れて力をこめた。
「あはっ、あったかい……」
僕と兄は温室のような家庭で育った。父は会社の役員で高収入。母は専業主婦だった。学校から帰ると母がいて、手作りのお菓子を食べさせてくれた。
ゲームやスマホの類いは高校生になるまで許してもらえなかった。マンガも禁止だ。父の所蔵している純文学を読むようにしつけられた。
特に厳しかったのは性に関するものだった。性行為は結婚してからするものとされていたし、子作りが目的でないそれは不純なものだと思わされていた。
だから僕は、女の子に性的な目を向けなかった。結局向けることができなかった。誰のことも好きになれず、二十五年間過ごしてきた。
「奏太、好きだよ。これからずっと兄ちゃんのこと飼ってくれよ」
「兄ちゃん……兄ちゃんはどうして僕を犯したの?」
「言ったろ? 小さい頃からそうしたかったって。奏太にしか性欲を感じなかった。父さんと母さんが死んで、もういいやと思って襲った。ただそれだけだよ」
兄の歪みは、あの温室で育ってしまったものなのだろうか。だったら僕だってそうだ。僕は胸の奥から立ち込めてくる想いを口づけに変えた。
「僕、兄ちゃんのこと殺してようやく好きになれた。愛してるよ。ずっと僕が面倒をみてあげるからね」
「ははっ。それならいいや。殺されて良かった」
僕たちは舌を絡めた。こんなに甘ったるいキスをするのはこれが初めてだった。
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