03 だんまり

 今度は足を捨てに行った。早く全てを埋めてしまいたい。手元にあるのは生首だけでいいのだ。

 さすがの僕も、人間の身体を捨てに行くのは負荷が高い。その日も陰惨な気持ちで帰宅した。

 まずは風呂場に行き、兄の髪を掴んで持ち上げた。


「兄ちゃん、ただいま」


 兄はちらりと僕の目を見ただけだった。


「だから、ただいま」


 何も答えてくれない。僕は爪を噛んだ。


「食事、与えないといけないのかなぁ……」


 ネットには、喋る生首の飼い方なんて載っていない。試行錯誤でやってみるしかないだろう。僕は下着をおろした。

 口に持っていくと、兄はぱかっと開け、吸い付きだした。唾液が絡み、卑猥な音をたて、僕はまた吐き出した。


「ぷはっ……ごちそうさま」


 やっと兄が喋った。僕は兄を床に置いて頭を撫でた。


「やっぱり食事しないと喋れなくなるの?」

「いや? そういうわけでもない。ただ、黙ってたらどうなるのかなぁって思って」

「もう、紛らわしいなぁ」


 それ以上会話をする気になれなかった。僕はベッドにうつ伏せになって身体のほてりを冷ましていた。

 病気で休職中の僕とは違い、兄は働いていた。今日は月曜日。連絡もなく出勤してこない兄を彼の職場の人はどう思っているのだろうか。唯一の家族である僕のもとにも連絡がくるかもしれない。

 一時間くらい経って、兄のスマホを確認した。案の定、いくつもの着信履歴がきていた。しかし、下手に触って怪しまれてもいけない。僕は電源を落とした。

 またベッドに戻ったが、どうしようもない喪失感に襲われた。もう兄に抱かれないのは嬉しいことのはずなのに、全身が兄を求めていた。


「はっ……んんっ……」


 僕は自分の指を突っ込んでいた。本当は、こんなものじゃ全然足りない。僕は大きく声をあげた。


「兄ちゃん……」


 終わらせてしまうと、途端に自分のやったことが見苦しく思えてきた。いくら兄のせいとはいえ、僕の身体はこの一年で変わりすぎだろう。それに抗えない自分にも腹が立つ。

 僕は苛々したまま風呂場へ行った。兄はぎょろりと目を向けてきた。


「一人でやってたろ」


 僕は答えなかった。


「聞こえてたぞ。兄ちゃんのこと殺しちまったから、もう口でしかできないもんな。可哀想に」


 僕は兄を蹴飛ばした。壁にあたり、コロコロと跳ね返った。兄はケラケラと笑った。


「痛いなぁもう。ちゃんと切り口のところで立てて戻しておいてくれる?」


 無言でそうした。そして、風呂場を出て、一人で眠った。

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