辞世と句

 陽菜は自分の足元を見て、足首がないのに気付いた。気付いた途端に痛みが全身を貫いたのだろう。苦悶の表情で、私を見た。


「あんた、そのえぐられた目はどうしたんだよ? 怖えんだけど。まあ、いいや。あんたが私の足首を切り落としたんだろ。孫の足を切り落としてでも助かりたかったんだろ? 


夢だと思ってたよ、悪い夢だと。でも現実だった。私は悪いジジイに足を切断された。もう歩くことも出来ない。車椅子での生活を強いられたんだよ。実の祖父に。ひどくねえ? こんなの」


 陽菜は涙をこぼした。そして足元に転がっている血まみれの両足首を手錠のはめられた腕で抱えた。


「どうする気だ?」

「出て行くんだよ、こんな頭のおかしい片目のジジイと一緒に死にたくないからね」


 陽菜は床に膝をつき、片足ずつ前に進めて時間をかけてアラームタイマーまでたどり着いた。

 

 そして両足首を床に置いて、タイマーの上に置かれた鍵を手に取った。それを器用に自分の嵌められた手錠の鍵穴に入れて手錠を外して床に放った。


「陽菜、俺の、俺の手錠と足錠もはずしてくれ!」

「どの口で、そんなことが言えるんだよ! 私は1人で出て行くよ。まだ今なら手術で足がくっつくかもしれないんだよっ!」


「無理だよ、もうお前の足は壊死してるんだよ。接合出来るわけないん.......」

「うるせえっ!」

 陽菜はドアの鍵で施錠を開くと、両足首を外に置いて、鍵は床に投げた。

「ジジイ、もうあと10分半しかねえぞ。爆発して死ねよ。体中バラバラになって、消えろクズ!」

 そう言って膝を左右に動かして、陽菜は外に出て行った。


「お孫さんに出て行かれてしまいましたね」

 里中の声がした。

「うるせえ」

「さてあと10分何をしますか? またあるあるでも話しながら、最期の時を過ごしますか?」


「それだけは嫌だ」

「どうして?」

「どうして? やっぱりお前は頭がおかしいな。なんでてめえなんかと友好的に話しながら爆死しなきゃならないんだよ」


「じゃあ最後は無言で死ぬんですか? 武士が腹を斬る時みたいに。あ、何か一筆したためますか?」

「俺の辞世の句なんて、誰が読むんだよ」

「私が読みますよ。あ、ペンと便箋を彼に渡してあげて」

 

 元プロレスラーの男はさっきまた爆破された奥の部屋に行き、筆ペンと上質な和紙の便箋を持って来た。あの奥の部屋にはなんでもあるのか? 行って見てみたい気がする。


 私は血の付いてない床に便箋を置いて、少し考えた。そして手錠を鳴らしながら、筆を動かした。

 最後の文字の、るの字の止めを大げさに止めて、辞世の句が出来上がった。


「書きあがりましたか。便箋をこちらに見せて下さい」

「いや、俺が読み上げる。いいか」

「どうぞ」

 俺は自分の辞世の句を読み上げた。


「なに一つ

 してきたことは悔やまない

 私の最期は

 神のみぞ知る」


「おお、あなたらしい自分勝手な辞世の句ですね。あなたの人生がその句に凝縮されてますよ。さて、あなたはもう少しで決断しなければならない。もう砂時計の砂は残り少ない。


あなたが爆死して、私の見たい絵柄を見せてくれるか、卑怯にも生き延びる為に足を切断するか、決断しなくてはなりません」


 もう心は決まっている。でもそれをこの男に教えてやる義理はない。この後、私が何をしてどうなるかは、神のみぞ知ることなのだ。


「また押し黙ってしまいましたね。どう決断したか教えて下さいよ。それかまた年寄りあるある言いましょうよ。


学生運動してたんでしょ? どうでした? とか。それは私の上の世代だよ。一緒にするなよ。もう俺たちは共同幻想なんか持たずに普通に就活して就職してたって。ねえ、そうでしょ?」


「………………………………」


「なんか無言を雄弁に語ってますね。まるで無言の弁論大会だ。優勝出来ますよ、きっと。でも今は喋りましょうよ、喋らないんですか?」


「………………………………」


「会話嫌いですか?」



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