朦(もう)と朧(ろう)

『うん、今ので視聴者数12000人になりましたよ。やりましたね」

 

 私は足の激痛で息も絶え絶えに、

「俺の片足にはその程度の価値しかないのか。2000人増やすくらいしか」


「あっ、今ちょっと落ちてきてますよ。100人近く離れてます。ここらで生爪でもはぎますか?」

「えっ」

 

 私に何も言わせる暇(いとま)もなく元プロレスラーは床に落ちていたペンチを取って、手錠で繋がれた両腕をつかんで、小指の白く伸びた爪にペンチをねじ込んだ。


 そしてがっちりとつかむと、爪をむしり取った。その瞬間、足の痛みを忘れるくらいの痛みが走った。


 血まみれの爪は床に落とされた。

 

 それは抜き取られた歯のように見えた。あの荒木佳奈子がえぐった眼球と乳歯の、乳歯のように。


 そして私は床をのたうち回った。痛みが全身に周って、もう座っていられなかった。息が苦しい。もう嫌だ。解放されたい。この狂った世界から。


「痛み止めあげましょうか?」

「そんな物があるのか?」

「ハイ、モルヒネですが。モルヒネ塩水塩酸錠剤10mです。2錠ほど飲みますか? 癌の末期患者が投与される物ですが」

「なんでもいい、くれ」床に這いながら私は言った。

 

 元プロレスラーはさっき爆発のあった奥の部屋に行き、ペットボトルの水と錠剤を持って来た。


「起き上がって口を開けろ」元プロレスラーは言った。私は言う通りに半身を起こして、口を開けた。

 

 私の口に錠剤が放り込まれ、その後蓋を開いたペットボトルの水が注ぎ込まれた。私はむせて、咳き込んだが、錠剤は喉を通ったようだ。


 しばらくすると痛みがやわらいできた。のたうち回らないと耐えられなかった痛みが、弱まってきた。


「痛みがなくなりました?」

「ああ、まあな」

「じゃあ、また視聴者を増やすためにサービスしましょうか?」

「何をするんだ?」


「右の眼球と前歯を一本抜きましょう。私の娘、真理恵がされたように」

「ちょっと待てよ。それは俺の指示じゃないぞ。俺は身代わりを殺した証拠を見せろと書いただけだ。眼球と歯を抜けとは言ってない」


「でも荒木佳奈子は右の眼球と、乳歯を抜くことを選択した。それが証拠になると思ったんです。だからそうさせた、あなたの責任です」

 

 お面男がそう言うと、元プロレスラーが腰にぶら下げていた鞘(さや)から、ナイフを抜いた。


「おい、冗談だろ?」

「真理恵は冗談で眼球をえぐり出されたわけじゃありませんよ」

 

 俺は逃げようと顔を床に付けた。が、髪の毛をつかまれて顔を上げさせられた。


 元プロレスラーはまっすぐに私の目にナイフを入れ、種でも取るように中でねじった。


「ぎぇーっ! 痛えっ、痛えっ、痛えっ!」

 

 ナイフの刃は眼球の周囲をゆっくりとえぐり、ぐいっと力が入り、私の眼球がえぐり出されて床に落ちた。


「あとは歯だね」


 お面の男が言うと、元プロレスラーは私の口を強引に開き、ペンチで前歯を挟み、上向きに引き抜いた。もう頭がおかしくなりそうな痛みが脳を貫いた。すでにおかしくなっているのだが。


 お面男が言った。

「これで真理恵と一緒になりましたね。眼球のない目と、抜かれた前歯と」


 私は意識が薄れそうになった。モルヒネの効き目がなくなってきた。

「どうしました、等々力次朗さん、もう少し喋りましょうよ」

 

 意識が朦朧としてきた。


「同世代でもっと、あるあるな話しましょうよ。月光仮面なんか見てねえよ、そんな年寄りじゃねえよ、とか。


若い奴らは年寄りをみんな一緒にするから。

のらくろの漫画なんか読んでねえよ、とか。ねえ、何か話しましょうよ」


 私の意識は落ちかけていた。もう口がきける状態ではなかった。


「話しましょうよ」

 

 最後に覚えているのは、お面男の一言だった。


「会話きらいですか?」

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