12月16日、新しい生活
直と朱音が戻り、第5支部の職員が全員揃った。璃香と柚子は奏介に医療魔法をかけられ、1晩休んだことで回復してきている。外から攻撃音が聞こえることもなく、ようやく休めたという気持ちでいっぱいだ。
「か、帰ってこれた……」
食堂の椅子に座りこんだ朱音は息をついた。最悪の場合、魔法考古学省から帰ってくることはできなくなると考えていたのだ。
(あれ……? そういえば、戻る、じゃなくて帰るって思ったの、今が初めてかも……)
いつの間にか、この支部は朱音にとって「帰る場所」になっていたようだ。それに気づいて、1人微笑んだ。
「さてさて~、皆色々大変だろうけど話だけ聞いてね~」
柚子の気の抜ける声がして、全員がそちらを向いた。いつもより気だるげな顔をした彼女は、それでも懸命に目を開いている。元々、寿命が近くあまり起きていられなかったというのに、今回の件で力をほとんど使い果たしてしまったのだ、無理もない。
「まずはお疲れさま~。魔法考古学省からも感謝の言葉がきてま~す」
「言葉だけかよ……」
「雷斗拗ねてる?」
「お前……死にかけてたくせになんでそんな軽いんだよ……」
大臣襲撃犯に襲われた雷斗は納得がいかないようだが、同じく襲われ、さらには重傷を負った千波が気にしていないようなので、若干引いていた。
「けどまあ、忙しいのはこれからってね。あちこちの問題を片付けないと……魔法警備課はもう半泣きだって~」
「でしょうね。アタシだったら退職願書くわ」
「ここは辞めないでね~。今から大事な話をします」
急に真面目な雰囲気を醸し出すので、自然と背筋が伸びる。朱音は何を言われるのかと内心穏やかではなかった。
「知ってる子もいるだろうけど、私の寿命はあと少し。この問題が完璧に片付くまでは頑張って生きていたいけど、必ずできるとは限らない」
「……ん」
「で? どうするつもりなんだ?」
光の問いに、柚子は待ってましたとばかりに何かを取り出した。
「前から頼んでたんだけど、今回の件でついに許可が下りたんだよ。ほら見て~」
彼女が取り出したのは、1枚の紙だった。しかし、ただの紙ではない。魔法考古学省の紋章が入った、正式な文書だ。日付は今日で、本当に書かれたばかりのものだった。
「え……大臣、もう仕事してるんですか? 襲われたのに……ボクならしばらく休みますよ」
「休んでる暇がないんでしょ」
「タフだね……僕だったら死んでる」
「ちょっと、アンタが言うと洒落にならないからやめて」
疲れきって突っ伏している奏介の顔色は今日も悪い。恵美が心配そうな顔をしながらツッコミを入れた。
「それで、何を頼んでたの?」
脱線していく会話を戻そうと、直は柚子の手元を見た。紙に書かれた内容に軽く目を通している。
「……新支部長、って……」
「そ。私が死んじゃう前に、しっかり引継ぎとかできるようにしたくてね。新しい支部長を決めました」
「……勝手ね」
「でも最適だよ。新支部長」
新たな支部長を示す欄には、直の名前が書かれていた。薄々わかっていたのだろう、彼はあまり驚いてはいない。
「副支部長は?」
「それも決まってるよ~」
副支部長が支部長に昇格するのだから、当然、新しくその職に就くものが必要だ。璃香の問いに、柚子は笑った。
「伊藤朱音。君を、この支部の副支部長とする」
「……は!? い、いやいや、あの、もっとほら、他の方がいますよね!?」
「璃香と光は無理だよ」
そうだ、あの2人は種族のことで目立つ位置にはいられないのだった。ならばと周囲を見渡すが、
「ボクは開発班の班長ですし」
「僕も医療班が……」
「私? 書類仕事ばっかとか死んじゃう」
「オレも無理」
「私も無理だな。武器作る以外何にもできないし」
見事なまでに全員が首を振った。言われてみれば確かに納得してしまう。
「魔法考古学省大臣になるって奴が、たかが支部のナンバー2くらいでビビるなよ」
「……できる、大丈夫」
無理です。そう言おうとしたとき、再び例の声が聞こえた。「大丈夫」、「前に進んで」と語り掛けてくる。
(……もしかして、これが私の固有魔法なの?)
死者の――正確には、先祖の声が聞こえるこの力。高祖母の敬愛する夏希に会ってからずっと、朱音が迷うたび、何かを恐れるたびに背中を押してくれる声。この声に従って間違えたことは、1度もない。
ならば。
「……わかりました。やってみせます」
高祖母も大丈夫だと言ってくれているのだから。自分を信じて、前に進んでみよう。朱音は頷いて、柚子に微笑んで見せた。
「じゃ、早速今日から色々やってくね! 皆も頑張って~。大半は大人しくなったとは言え、まだまだ朱音を大臣にしようとしてるヒトたちいっぱいいるから~」
「……面倒事を押しつけるためにアタシたちを昇格させたわけじゃないわよね?」
「いや~、あとちょっとで死ぬかもってのは本当だよ~」
「具体的には!?」
「5……いや10年以内かな?」
「それをあとちょっととは言わないのよ!」
「ヒトの常識を捨てろ」とはこのことか。柚子の中では、あと本当に少し、それこそ人間にとって数ヶ月程度なのかもしれない。
副支部長になった記念に、新しい魔法衣はどうかと絡んでくる薫をどうにか躱す。
朱音の、新しい生活が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます