同日、英雄

 光が目にしたのは、武器を下ろし、その場に立ち尽くしている人々だった。涙を流している者もいる。


「効果は絶大だね……」


 何とか立ち上がった柚子が、辺りを見回して言った。自分のことのように嬉しそうだ。


「皆……帰りそう……?」


 動けない璃香は、2人にそう聞いた。


「ああ……多分な。ちっと放心してる奴もいるから今すぐ帰るかはわかんねえけど」

「そっか……」


 もう危険はないと判断し、光は璃香を抱き上げた。そのまま、残り少ない魔力で瞬間移動しようとしたとき、空に強い魔力の気配が現れた。


「新手か!?」

「ううん……あれは……」

「真っ白……綺麗……」


 真っ白な魔力は、光たちが隠れている氷の壁にやってきた。そして、ゆっくりと人の形をとる。


「よぉ。久しぶりだな」

「おま……は!?」

「夏希……」

「君が来たってことは……終わったんだね……」


 目が眩むほどの魔力。それに似合わぬ幼い顔立ち。高いヒールの靴を履いた、少女と言ってもおかしくないほどの見た目の彼女を、璃香は「夏希」と呼んだ。


「どういうことだよ!?」

「詳しい説明はナシだ。悪ぃがそういうモンだと受け入れてくれ」


 低い声が応えた。急いでいる、というよりは面倒臭い、というのが前面に出ている。


「魔法考古学省のほうで朱音の護衛をしてたモンだ。で、あっちの騒動がおさまったからこっちに来た」

「お、おお……全員無事なのか?」


 ひとまず受け入れることにしたらしい光は、仲間の安否が気になるようだ。


「そうだな……全国に向けて2回も演説したせいで力が抜けきって立てなくなってるヤツを除けば無事とは言える」

「朱音か……」


 腰が抜けて立てなくなっている朱音の姿を簡単に想像できる。光は思わず笑ってしまった。


「とりあえず、これで問題の第1段階は片付いたな」

「第1段階?」

「これで、はい全部終わりました、もう大丈夫ですとはならねぇだろ。こういうデカい騒動ってのは、それを片付けるより後の面倒事のほうが多いんだよ」

「詳しいんだな」

「経験者だからな」


 夏希は軽く溜息をついた。面倒なことこの上ない。そう顔に書いてある。


「ま、後のコトは頼むぜ、魔法保護課」

「はあ!? こっちに丸投げかよ!?」

「善良な一般市民を働かせる気か? っつうか、もう2度と世界のために戦わなくてもいいくらいのコトしてんだよ、こっちは。今度こそ好き勝手に生きて死ぬんだ」


 そう言われてしまえば、誰も何も言い返せない。彼女はあくまで、作戦に協力してくれた「一般市民」なのだから。


「それでも……協力してくれたのは、何故?」

「決まってんだろ、朱音が家の前に倒れてたからだ。そのまま死んだら流石に心が痛む」

「それだけ?」


 柚子と璃香の問いに、夏希は視線を逸らした。あぁクソ、と悪態をつく。


「こんなコトになっちまったのはあたしのせいでもあるからだよ! こう言や満足か!?」

「いや……変わらないな、と思って」

「うん」

「うるせぇな! なんかそれだといいヤツみてぇな気がして嫌なんだよ!」

「いいヒトだよ、君は」


 そう思われるのは気恥ずかしいらしく、夏希は半ばキレながら「そうかよ!」と返した。


「……本当に、君はいいヒトだよ……最期に会えてよかったな……」

「言っとくけどな、そう簡単には死なせねぇからな」

「ええ~?」

「後の面倒事がまだあるって話しただろうが! それ片付けるまでは死ぬんじゃねぇぞ!」

「そうそう」


 これには璃香も同意した。支部長として、柚子にはまだまだやってもらわなければならないことが多く残されている。


「何すんの~?」

「そこまであたし任せかよ!? 流石にやんねぇぞ!」

「経験者に聞くのが早い」

「……あちこちの復興、暴れたヤツの逮捕だろ? 書類仕事だってあるし……それに何より、今回の件で大分魔法師が牢屋行きになっちまったから人手不足だろうな……」


 夏希は魔法考古学省を思い出す。割れていない窓はないのではないかと言うくらいボロボロになってしまっていた。


「逮捕とかそっち系は魔法警備課に任せられるけど……」

「……絶対、大変」

「……だな」

「今言ったのは一部だけだぞ。もっとあるだろうな。この時代の魔法師の仕事には詳しくねぇし」

「アハハ……」


 最早乾いた笑い声しか出ない。柚子はそのまま倒れ込んだ。もう何もしたくないのポーズである。


「あぁそうそう。あたしのコトは隠しておいてくれよ」

「まあ、書きようがないしね……」

「……ん」

「じゃあ後はよろしくな。また会えたら会おうぜ」


 夏希はそう言うと、軽く地面を蹴って飛び上がった。


「……またね」

「会えて、よかった」


 「また」はきっともう来ない。柚子はわかっていたが、それ以上何も言わなかった。生きろ、という夏希のメッセージだ。


 璃香は軽く頭を撫でられ、嬉しそうだった。そんな顔をする彼女は珍しくて、光が驚き半分、羨ましさ半分で夏希を睨んでいた。


「お、英雄の凱旋だぜ。じゃ、あたしは行くな」


 空の向こうで、直に抱えられた朱音がこちらにやって来ていた。それに気づくと、夏希は上空に高く飛ぶ。


「頑張れよ、魔法保護課」


 かつての英雄は、この時代の英雄を追い越して去っていった。

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